〈34〉狂った女

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胸が痛い。
 
引き裂かれたみたいに痛い。
 
 
♡)ふぇっ…、ふぇぇ…っ
 
 
涙が次から次へとあふれてきて、
止まらない。
 
もう、何もかも…ぐちゃぐちゃで。
 
 
♡)ぐすっ、ぐすっ……ううう…っ
 
 
悲しくて、苦しくて、息が出来ない…。
 
 
♡)ふぇぇぇ……ッッ
 
 
こんな私、もう消えちゃいたい。
 
 
♡)…っ、ふぇぇぇん…っ
 
 
……臣くんに、見捨てられた…。
 
 
もういい、って…
 
私のことなんか…、もういい…って…。
 
 
臣くんにあんな顔をさせた…。
 
 
臣くんにあんなことを言わせた…。
 
 
臣くんに…あんなことをさせた…。
 
 
全部、私が悪い…。
 
そんな私、もう消えちゃいたいよ。
 
 
ごめんなさい。
 
ごめんなさい、臣くん…。
 
 
いっぱい傷つけて…ごめんなさい。
 
 
♡)ひっく…ひっく…っ
 
 
もう何もかもぐちゃぐちゃで、
今は何も考えられない…。
 
 
ただ悲しくて、苦しくて、それだけで…。
 
 
涙がただただ、止まらないの…。
 
 
 
………
 
 
 
……
 
 
 

 
 
 
身体が痛くて、目が覚めた…。
 
 
♡)……寒…い…。
 
 
私、床でそのまま寝ちゃったみたい。
 
泣き疲れて、気付いたら寝てたのかな…。
 
 
……もう、朝なんだ。
 
 
フラフラと立ち上がって、
部屋の中を探すけど、
 
臣くんはどこにもいない。
 
 
昨夜出て行っちゃったまま、
帰ってきてないんだ。
 
 
♡)……。
 
 
どこに行ったのかな…。
 
 
今頃一人で…何してるの…?
 
何を思ってるの…?
 
 
そんなこと考えてたら、
また涙が浮かんできた。
 
 
♡)…っ
 
 
臣くん……
 
臣くん……
 
 
……泣きすぎたせいか、
頭にモヤがかかったみたいに、ボーッとする。
 
 
♡)会社…行かなくちゃ……。
 
 
私は無理矢理シャワーを浴びて
鏡の自分と向き合った。
 
 
♡)……はは…、ひどい顔……。
 
 
ボーッとしながら…
なんとかベースメイクだけは済ませて
ポーチを閉じた。
 
…もういいや、これで…。
 
 
♡)……行って…きます…。
 
 
返事してくれる臣くんはいないのに…
小さな声で呟いた。
 
 
私が先に行く時は
臣くんが玄関でお見送りしてくれて…
行ってらっしゃいってキスしてくれるの。
 
そんな当たり前だった日常が、
今はすごく遠くに感じる。
 
 
いつもと同じ、駅までの道。
 
いつもと同じ電車に乗って、会社まで歩いて。
 
 
全部いつもと同じことなのに、
まるで違って感じる。
 
 
なんか…
心にポッカリ穴が開いたみたい…。
 
 
♡)……。
 
 
しっかり、しなきゃ…。
 
仕事しに行くんだから。
 
 
◇)♡ちゃーーん!
♡)…っ
◇)へへ、追いついた!おはよ!
♡)……。
 
 
あれ、声が…出てこない…。
 
 
◇)♡ちゃん…?
♡)おは…よ…。
 
 
必死に振り絞って出した声が
ひどく掠れてて、自分でもびっくりした。
 
 
◇)どうしたの?風邪?
  ……って、ちょっと待って。
  どうした?ほんとに。
  その目…、っ
♡)……。
◇)泣いた…の?
  そんなに…っ
♡)……。
 
 
……ダメだ、思い出しちゃ…。
 
仕事が出来なくなる。
 
 
♡)なんでも…ないよ…。
◇)いや、だって…
♡)…ごめん…ね…、今は…話せないや…。
◇)…っ
 
 
心配かけたくないから
必死に笑ったつもりだけど、
ちゃんと笑えてたのかどうかもわからない。
 
 
それから私は
いつもと同じエレベーターに乗って
いつもと同じオフィスで、デスクで、
パソコンを開いて。
 
いつもと同じように、仕事を始めた。
 
 
いつもと同じ何もかもが、
いつもとは違う今の私を余計に感じさせるけど
気付かないフリをして…。
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
……頭が痛い。
 
割れるように痛い。
 
 
臣)…っ
 
 
自分でもわかるくらいのアルコール臭に
自分で気持ち悪くなって、寝返りを打った。
 
 
……どこだ、ここ。
 
 
臣)……。
 
 
ぼんやり見える先には
酒の缶やら瓶が大量に転がってる。
 
 
……ああ、そうだ…。
 
 
家を飛び出して…
 
結局行くところがない俺は
そのままコンシェルジュに頼んで
マンションのゲストルームを借りたんだった。
 
 
自己嫌悪で自暴自棄になって…
部屋にあった酒を片っ端から飲んで…。
 
記憶をなくしたかった。
忘れたかった、何もかも。
 
 
……どんだけ飲んだんだろ。
 
身体が重くて気持ち悪くて動けない。
 
 
臣)はぁぁ……。
 
 
「やだっ!臣くん…っ!」
 
 
臣)…っ
 
 
ああ、ほら、また…。
 
すぐに頭に浮かぶのは♡の泣き顔。
 
 
これが嫌だから、死ぬほど飲んだのに。
 
なんで出てくんだよ。
 
考えたくないんだよ。
 
忘れたい。嫌だ、もう。
 
 
「臣くん…、やめて…っ、お願い…っ」
 
 
臣)あああッ!!
 
 
ボスッッ!!
 
 
臣)はぁっ、はぁっ、
 
 
枕を殴りつけて頭を抱えた。
 
嫌だ、嫌だ、嫌だ、こんな自分が。
 
 
ピロリロリロ♪ピロリロリロ♪
 
 
臣)…っ
 
 
携帯に手を伸ばせば
着信はSさんからで。
 
俺はスピーカーにして
新しい酒を取りに行った。
 
 
『臣?聞こえるか?
 何してんの!?
 橘がお前と連絡取れないって困ってるぞ。
 昨日のことなら許してやって、一旦!』
 
 
プルタブを開けて、一気に飲み干す。
 
 
『橘も謝ってたからさ。
 で、今日もちょっと他は手が空いてないから
 橘がそっち迎えに行ってるから。』
 
 
臣)はぁっ、
 
 
足りない。こんな酒じゃ。
 
 
『臣!聞いてるか?!』
 
 
もっと飲まないと、忘れられないんだ。
 
 
『お前今どこにいるんだよ?』
 
 
臣)…るっさいな…。
  ゲストルームだよ、マンションの。
 
 
『は?なんでそんなとこに…
 とりあえず橘向かわせるから
 準備しとけよ!』
 
 
最後は何言ってんのかわかんなかった。
俺はそのまま通話を切って携帯を放り投げた。
 
 
臣)酒…これで最後かよ。
 
 
全部飲み干して、またベッドに沈んで。
 
頭がガンガンして、視界が回る。
 
 
……忘れさせてくれよ、頼むから。
 
 
もう消えてしまいたい。こんな俺なんか。
 
 
 
……
 
 
 

 
 
 
カシャッ。
 
 
「あ、音鳴っちゃった…っ」
 
 
ん…?
 
……何か、物音がする。
 
 
ひどい頭痛の向こうで、
微かに聞こえた気がした。
 
 
「登坂さん…」
 
 
誰かが…呼んでる…?
 
 
「登坂さん、起きてください…」
 
 
嫌だ。このまま眠っていたい。
何もかも忘れて、♡のことも考えずに。
 
 
ギシッ…
 
 
「登坂…さん…///」
 
 
臣)……、っ
 
 
身体に重みを感じて、
開けたくない目を、ゆっくりと開いたら…
 
 
橘)起きて…ください///
 
 
ガンガン痛む頭では、
現状を理解するのに、時間がかかった。
 
 
橘)好き…です///
 
 
目の前にいるのは、下着姿の橘で…
俺の上に乗って、俺を見下ろしてる。
 
 
臣)……は!?
 
 
やっと頭が追いついた俺は、
慌てて飛び起きた。
 
 
臣)い…って…、っ
 
 
急に動いたから、頭が割れそう。
 
 
橘)大丈夫ですか…?
  二日酔いですよね?すごい匂い…。
臣)…っ
橘)お部屋は片付けておきました。
臣)…っ
橘)……登坂さん、好きです///
 
 
橘はあられもない格好のまま
俺に抱きついてきて…
 
 
臣)こっち来んな!!!
 
 
俺はその身体を押しのけた。
 
 
なんで?
 
なんでこいつベッドに上がってきてんの?
なんで服着てないの?
 
なんで!??
 
 
パニック過ぎて、言葉が出てこない。
 
 
橘)私、誰にも言いません…
  大丈夫です。
臣)は?何が…!?
橘)誰にも言わないから…、だから、///
臣)…っ
 
 
逃げ場がないベッドの上で
橘が俺にジリジリ近付いてくる。
 
 
橘)抱いて…ください///
 
 
そう言って、橘は自分の背中に手を回して…
 
 
プチン。
 
 
下着を外した。
 
 
臣)…ちょ、は!?何して…っ
橘)……ね?///
 
 
そのまま肩紐を落とそうとする橘の手を
俺は慌てて止めた。
 
 
臣)やめろ!!
橘)…っ
臣)ふざけた真似してんじゃねぇぞ…
橘)ふざけてません、本気です。
臣)…っ
橘)登坂さん言ったじゃないですか、
  ♡さんじゃないと勃たないって。
臣)は?
 
 
またその話!?
何なのこいつ?!
 
 
橘)だから…もし私でも反応してくれたら
  抱いてください///
臣)は!!?
橘)ね、///
 
 
橘はいきなり俺のベルトに手をかけて
それを外そうとしてきた。
 
 
臣)やめろ!!
橘)…っ
臣)俺に触るな!!!
橘)……自信、ないんですか?
臣)は?
橘)自信ないんでしょう!?
臣)うわっ!!
 
 
俺は勢いよく押し倒されて、
両手を押さえつけられた。
 
 
橘)♡さんだけって言いながら…
  そんなの口だけで、
  絶対身体はそうじゃない。
  私が証明してあげます。
 
 
橘は俺に跨ったまま、
自信満々に不敵の笑みを浮かべた。
 
 
臣)どけ!!!
 
 
俺は橘の手を振り払って
無理矢理起き上がった。
 
力で勝てると思ってんのかこの野郎。
 
 
橘)登坂さんに…
  脱がされちゃった…///
臣)は?
 
 
俺が押しのけた勢いで腕から抜けたブラを
橘は嬉しそうにベッドの下に落とした。
 
 
橘)下も脱ぎますね///
臣)やめろって言ってんだろ!!
 
 
なんだこいつ、狂ってる!
 
 
俺はすぐにベッドから飛び降りて
携帯をポケットに押し込んだ。
 
 
橘)ちゃんと、見てください。
臣)…っ
 
 
その間に橘はもう全裸になってて、
まだ俺に迫ってこようとしてる。
 
 
橘)登坂さんも、脱いで…?///
臣)いい加減にしろ!!
橘)……きゃっ!///
 
 
俺は手元にあった空のペットボトルを
橘に投げつけて
そのまま部屋を飛び出した。
 
 
ヤバイ。
あいつマジでヤバイ。
 
頭おかしい、狂ってる。
 
 
臣)うっ…、
 
 
酒の気持ち悪さと
今見たものの気持ち悪さで、
吐きそう。
 
 
俺は口を手で押さえながら
なんとかタクシーに乗り込んで、
まっすぐ事務所に向かった。
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
腫れた瞼が目立たないように
ブルーライトの眼鏡をずっとかけてるんだけど
それでもやっぱり、わかっちゃうのかな…。
 
 
M)先輩、大丈夫ですか…?
K)お昼…行ける…?
 
 
朝からみんな心配そうに
私をチラチラ見てたのは、
視線で気付いてた…。
 
 
♡)食欲ないから今日はいいや、ごめんね…。
M)…っ
K)朝は?食べたの?
♡)……ううん…。
K)どうした?
♡)……。
M)先輩、昨日…っ
♡)なんでもないの!
M)…っ
 
 
私はMちゃんの言葉を遮るように
デスクに突っ伏した。
 
 
♡)食欲ないだけだから…
  お昼はここで休んでる…。
  ランチ、行ってきて…?
M)……でも、っ
K)あ、◇ちゃん!
♡)…っ
 
 
顔を上げて振り返ったら、
ストレージの陰から
◇ちゃんが心配そうにこっちを見てた。
 
 
◇)えっと…、えへへ…
  ランチのお誘いに来ちゃった…。
♡)……。
M)でも…先輩、食欲ないらしくて…
◇)えっ…
K)今日は休んでる、って。
◇)…っ
♡)……ごめんね…。
 
 
申し訳なくて、◇ちゃんの顔も見れなくて…
私はまたそのままデスクに突っ伏した。
 
 
K)じゃあ…、行ってくるね?
  もしなんか食べたくなったらLINEして。
  買ってきてあげるから。
♡)……(こくん)。
 
 
ありがとう…。
みんな…ごめんね。
 
 
♡)………はぁぁ…。
 
 
シンと静かになったオフィスで
小さいため息が、大きく聞こえた。
 
 
「酔ってねぇって言ってんだろ!」
 
 
……臣くん、すごくお酒臭かった…。
あんなになるまで飲むの、珍しいのに…。
 
 
「これは酒のせいじゃねぇ!
 お前のせいだろ!!」
 
 
お酒のせいじゃ…なかったのかな…。
 
苦しそうに顔を歪めてた臣くんが
何度も頭に浮かぶ…。
 
 
「バカ正直すぎんだろお前…。
 そんなん聞きたくねぇんだよ!」
 
 
臣くん、怒ってるけど…
泣きそうな顔、してた…。
 
 
「もうお前の顔、見たくない。
 浮気して帰ってきたお前の顔なんか
 見たくねぇよ。」
 
 
そう言われた時、絶望を感じた。
 
 
臣くんに見捨てられたんだ、って…。
 
私がしたことは浮気なんだ、って…。
 
 
♡)……。
 
 
ああ、また涙があふれてくる。
 
……腕が濡れてびしょびしょだ…。
 
 
あの時、否定したかったけど…
悲しくて、言葉が出てこなかった…。
 
 
私が好きなのは臣くんだって
そう言いたかったのに…
何度だって言いたかったのに、
 
声が、出なくて…っ
 
 
私の気持ちはもう…届かないのかな…。
 
臣くんに信じて…もらえないのかな…。
 
 
♡)…ぐす…っ
 
 
好き…。
 
…こんなに…好きなのに……
 
 
もう…ダメなの…?
 
 
♡)ふぇぇ…っ
 
 
どこに行っちゃったの…臣くん…
 
もう帰ってきて…くれないの…?
 
 
目を開けてたら涙が止まらないから
目を閉じたのに…
 
それでも涙が頬を伝っていく。
 
 
臣くん…
 
臣くん…
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
臣)はぁっ、はぁっ…
 
 
ガチャッ。
 
 
N)あ、臣!
健)おっそー!
  お前遅刻もいいとこやぞ!
E)もう終わっちゃったよ試写会w
岩)…臣…さん?
直)どうした?大丈夫か?
 
 
ガタガタッ…!
 
 
隆)臣!!
 
 
足元から崩れた俺の身体は、
咄嗟に抱きとめてくれた隆二に
支えられた。
 
 
S)臣、大丈夫か!?
N)つーかお前…めっちゃ酒くっさ…!
E)うん、すごい…っ
健)酒壺に落ちてそのまま来たみたいな
  匂いしてんで!
E)それどういう状況?w
健)全身酒まみれ〜!みたいな。
岩)うん。そんな飲んだの?
臣)…っ
 
 
ダメだ、喋れない。気持ち悪い。
 
 
S)橘は?一緒じゃないの?
岩)げっ、臣さんの迎え、橘だったの!?
S)うん、丁度人いなくて。
隆)臣、水買ってきた!飲める?
臣)……あり…がと。
 
 
丁寧に蓋まで開けてくれたペットボトルを
受け取って、
俺はそれを一気に飲み干した。
 
 
隆)え、もう一本買ってこようか?
 
 
その勢いに隆二がちょっと引いてて…
 
 
臣)いや…、大丈夫…、ありがと。
 
 
俺はそのまま呼吸を整えた。
 
 
水を飲んだらほんの少し、ラクになって…
ゆっくりと頭を持ち上げた。
 
 
臣)……橘、頼むからクビにして。
S)えっ…
臣)ほんと、お願い…。
岩)どうしたの?また何かした?
 
 
岩ちゃんが眉をしかめた。
 
 
臣)……裸んなって襲ってきた…。
皆)えええええ!!!!
臣)…ッ
 
 
みんなの大声が、頭に響く。
 
 
臣)いって…、
 
 
相変わらずガンガンする。
 
 
岩)なんで?どこで?どういう状況で!?
直)臣…、酔って幻想見たとかじゃ…
臣)違います…っ
  ゲストルームに…入ってきて…
N)ゲストルーム?!
臣)うちのマンションの。
健)は?どゆこっちゃ?
臣)俺今日、そこ泊まってて…
N)えっ
S)あ、俺が言ったからかな?
  臣ゲストルームで寝てるみたいだから
  迎えに行ってやってくれって。
岩)うわ、それだ…っ
E)え、え、え??
  それで臣を起こしにきた橘に
  裸で襲われたの?!
N)いやいや、そもそも、
  裸で襲われたって何!?
  女に襲われるってどういうこと?!
健)橘ってそんな子なん!?
臣)…っ
 
 
みんな驚き過ぎてて
次から次へと喋るから、追いつかない。
 
 
隆)臣、ゆっくりでいいよ。大丈夫?
 
 
隆二が背中をさすってくれてる。
 
 
臣)俺…潰れてたから…
  よくわかんねぇんだけど…
  起きたらベッドに橘がいて…
  下着姿で…。
岩)うげっ…
隆)マジで…!?
臣)俺のこと押し倒してきたけど
  ぶっ飛ばして逃げてきた…。
健)えっ…、ほんまなん!?それ!!
臣)マジだよ…。
  最後は下着も自分で脱いで
  全裸だったし。
直)全裸…!!!
N)ちょ、それヤバくない!?
E)裸になって何すんの?なんで?
臣)抱いてくれとか言ってたけど…
岩)こっわ…!!!
隆)あの子…臣のファンなのは知ってたけど…
  そこまでだったの…?
岩)ヤバイんだよ橘、マジで。
  おかしいんだって。
健)それはよ教えといてや…
  知らんかったやん、俺…。
N)いや、俺も知らなかったよ、
  そこまで臣に執着してるなんて…
直)普通にファンなんだと思ってたくらいで…
N)うん。
臣)はぁ…、
 
 
思い出しただけで具合悪い。
 
 
N)よく手出さなかったな、臣…。
臣)は…??
N)いや、だって…目の前で全裸って…
  なかなか強烈じゃね?
健)おっぱいポローン!やろ?
E)ヤバ…。
N)橘ちゃん、そこそこ可愛いし…
臣)なんも感じなかったですよ、恐怖しか。
岩)だよね…。
隆)……Sさん。
S)……。
 
 
Sさんは顔をしかめながら
俺の隣に座った。
 
 
S)実は昨日のこと、
  リンちゃんとヨッシーからも聞いてて。
臣)ああ…、
S)あの二人から見ても
  現場での橘は異様だった、って。
 
 
だろーね…。
 
 
健)昨日って…?
隆)臣、Rちゃんと撮影だったよね。
S)そこで、Rちゃんを睨みつけたり、
  臣に逆ギレしたり、すごかったらしい。
岩)ええっ…
隆)ちょ、ヤバイって…それ…。
S)で、夜戻ってきた橘本人に聞いたら…
  すみませんでしたって
  泣きながら謝るから…
  一旦保留にしてたんだけど…
N)でも昨日の今日で、こうなったわけね。
S)うん…。
臣)……。
 
 
……ああ、ほんと吐きそう。
しんどい。
 
 
K)俺たちから見ても
  最近はちょっと目に余る行動が
  あったりもしたんだよ。
M)注意できなくてごめん、臣。
 
 
他のマネージャーたちも
申し訳なさそうにしてる。
 
 
臣)クビでいいよね?
 
 
俺がSさんにそう聞いたタイミングで
会議室のドアがカチャッと開いた。
 
 
岩)橘…っ
臣)!!!
 
 
俺はぎょっとして身体を起こした。
 
 
橘)みなさんおはようございます。
  遅くなりました、すみません。
 
 
何事もなかったかのように
笑顔で挨拶をする橘に、
 
シーン…と静まり返る会議室。
 
 
S)橘…、お前…さ、
橘)なんですか?
 
 
ケロッと返事してやがる。
何こいつ。
 
 
S)臣に何した?
橘)……やだ、登坂さん…
  二人の秘密じゃなかったんですか…?
臣)は!?何が?!
橘)……さっき、登坂さんを迎えに行ったら…
  登坂さんに襲われました///
臣)はぁぁ!??
 
 
思わず大声を出したせいで
頭が鈍器で殴られたみたいに痛んで
俺は思わずうずくまった。
 
 
橘)登坂さんに…脱がされて…///
臣)何言ってんの!?お前!
橘)ほんとのことじゃないですか///
臣)はぁ!?
橘)登坂さんが私のブラジャーを外して…
臣)それはお前が脱いだからだろ!
橘)やだ…、もう///
臣)…っ
 
 
え、何これ。
マジで日本語通じない。怖すぎる。
 
思わず周りを見たら、
メンバーもみんなゾッとしたような顔をして
固まってる。
 
 
橘)登坂さん、そんなに酔ってるから
  記憶が曖昧なんですね///
臣)覚えてっから!!ふざけんな!!
S)ちょっと橘、出ようか。
橘)…っ
S)二人で話そう。
橘)……はい。
 
 
Sさんが橘を連れて出て行って…
 
みんなは一気に気が抜けたように
その場に座り込んだ。
 
 
岩)マジでやべぇ…あいつ…
直)俺、思うんだけど…
  精神どこか病んでるのかもしれない。
E)直己さん、そんなマジな顔で…
直)いや、大真面目だよ。
健)確かに。ぶっ飛んでるやんな、あいつ。
N)臣に襲われたとか言い出して…
臣)襲ってません!!!
N)いや、わかってるよ。
  俺らはちゃんとお前のこと信じてるから。
  大丈夫だって。
臣)…っ
岩)でもこういうことから
  冤罪って生まれるんだろうな…
  こわーーー。
隆)え、どうなっちゃうの?
  橘が臣に襲われたって言い張ったら
  臣、つかまるの!?
N)なんでだよ!w
直)それはないよ、大丈夫。
隆)あーーーっ、びびったーーーー。
臣)そんなん冗談じゃねぇよ…
隆)だよね。
 
 
なんであんな嘘をペラペラとつけるのか
ほんとに理解できない。
 
 
岩)臣さん、変な写真とか
  撮られてないよね?大丈夫?
臣)えっ…
隆)変な写真て何!?臣の裸!?
臣)いや、俺は服着てたけど…
隆)じゃあ大丈夫か…。
岩)でもあいつさ、前に臣さんち行った時、
  寝室勝手に開けて
  中をじーーーっと見てたんだって。
臣)は?何それ!!
岩)◇が言ってた。
臣)なんでそれ今言うの!早く言えよ!
岩)いや、別にただ見てただけって言ってたし
  変に怖がらせてもなーって思って…
健)盗聴器とか仕掛けられてへんやろな!
岩)ないと思います。あの時、急に
  臣さん家行くこと決まったから
  そんなん用意してないと思うし。
隆)じゃああれかな?
  次来た時、どこに仕掛けてやろうって
  下調べしてたとか?
健)……あるな。
隆)健ちゃん!あれの出番だよ!
健)あれ??
隆)盗聴器探知機!!
健)ああ、まぁせやな。一応しとくか。
N)え、何それ。
  なんでお前そんなもん持ってんの。
健)一家に一台あるでしょ、普通。
N)ねーよ!w
臣)……。
 
 
ああ、もう…しんどい。
なんなんだよこれ…。
 
 
直)てゆーか臣はなんで
  自分のマンションのゲストルームなんかに
  泊まってたの?
臣)…っ
N)確かに…。
臣)……。
E)臣、家出??
健)家出って!w
  結局自分のマンションやん!w
隆)なんかあった?
岩)臣さん?
臣)……。
 
 
橘の騒ぎでそれどころじゃなかったけど…
みんな、そこに気付いちゃった…。
 
 
隆)もしかして…
  一昨日のアレから、仲直り…してない?
臣)…っ
健)あ、せや!!
  俺それ臣に謝ろうと思っててん!
  次の日むーちゃんに
  めちゃくちゃ説教されて…
隆)怒られたんだ。
健)おん。俺あんま覚えてへんねんけど…
岩)え。
健)ごめん、臣。ほんまごめん。
  めっちゃ酔っててん。
臣)……うん…。
隆)臣めっちゃキレてるよ健ちゃん。
健)うそ…っ
直)一昨日って?何かあったの?
岩)健二郎さんが…
  臣さんとShizukaちゃんが
  セフレだったこと喋っちゃって…
  それから♡ちゃんが
  部屋から出てこなくなっちゃったんです。
N)げっ!!
  お前なんでそんなこと
  ♡ちゃんに言ったの!?
健)いや、あんま覚えてなくて…
隆)俺も悪いんだけどさ…、
E)え、それで喧嘩になっちゃったの?
臣)……いや、
 
 
……もう、話したくない…。
 
 
N)え、でもさーー
  それで♡ちゃんが怒るのはわかるけど
  だったら家出するのは♡ちゃんじゃん?
  なんで臣が家出してんの?
健)お前追い出されたんか!?
N)ああ、そういうこと?!
臣)……ちが…っ
N)え、じゃあ自分から出たの?
隆)なんで?
直)自主的な家出…?
臣)…っ
 
 
もう嫌だ。
この話はしたくない。
 
 
岩)あっ…
E)どうしたの岩ちゃん。
岩)今…、◇からLINE来たんだけど…
隆)えっ…
岩)♡ちゃん、瞼真っ赤に腫らして
  出社してる…って…。
臣)…っ
 
 
その言葉に、胸が痛んで
耳を塞ぎたくなった。
 
 
……ガタン!
 
 
N)え、ちょ、どこ行くんだよ!
臣)帰ります。
N)は?ちょっ…
健)待ってや臣!ほんまごめん!
  俺のせいなん?
臣)違うから。
健)えっ
 
 
俺は健ちゃんの腕を振り払った。
 
 
岩)臣さんとどうなってんだ!って
  ◇が心配してる…。
臣)泣いてたんでしょ?♡。
岩)えっ…あ、うん、そうなんじゃない…?
臣)俺がレイプしたからじゃない。
岩)……は!?
皆)は!??
 
 
あの後も泣いてたんだろうか…
ずっと一人で。
 
 
隆)レイプって…お前何言ってんの?
臣)付き合ってようが同意のないSEXなんて
  レイプと一緒だろ。
  終わってんだよ俺。
隆)は?
E)臣、何言って…
臣)最低なんだよ!
 
 
泣いてる♡を無理矢理抱いた。
 
自分の感情をぶつけるだけぶつけて。
 
 
臣)最低なんだよ、俺は…っ
 
 
震えて泣いてる♡を、
一人…置き去りにして…
 
 
臣)もういい。
健)待てって!!
臣)…っ
 
 
俺はまた健ちゃんの腕を振り払って、
部屋を出た。
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
定時になって、パタンとパソコンを閉じた。
 
 
♡)お先に失礼します…。
M)あっ…
K)…っ
 
 
何か言いたそうな
MちゃんとKちゃんには気付かないフリをして
ホワイトボードに帰社のマグネットを貼った。
 
 
蒼)♡さん!
 
 
追いかけてきたのは、蒼くん。
 
 
♡)なぁに?仕事の話?
蒼)いや、そうじゃなくて…
♡)仕事の話じゃないなら話したくない。
  ごめんね。お先に失礼します…。
蒼)…っ
 
 
ぼーっとエレベーターを降りて
エントランスを抜けて
またいつもと同じ帰り道。
 
臣くんからの連絡は、何一つない。
 
 
……当たり前だよね…。
 
私だって何も連絡してないし…
臣くんから、来るはずがない。
 
 
♡)…っ
 
 
今日は何を食べたよ、とか…
今どんな仕事してるよ、とか…
 
そんな他愛もないことで
マメにLINEしてきてくれるのが
当たり前になってたから、
 
それがないとこんなに寂しいんだね…。
 
 
帰っても臣くんはいないのかな。
 
今日も…帰ってこないのかな…。
 
 
家に帰って、玄関のドアを開けるのが怖い。
 
 
◇)♡ちゃんっ!!
 
♡)…っ
 
 
家に向かって歩いてたら、
後ろから走ってきたのは◇ちゃんだった。
 
 
◇)良かった、追いついたっ!
  はぁっ、はぁっ、
♡)…っ
◇)あたしも定時で上がって
  ♡ちゃんのフロア行ったんだけど
  もう帰ってたから…っ
♡)……。
◇)はぁ、はぁ、
 
 
こんな必死に、走ってきてくれたの…?
 
 
♡)…っ
 
 
涙が、こぼれそう。
 
 
◇)♡ちゃん、一昨日から
  臣さんと仲直り出来てないの…?
♡)…っ
◇)ごめんね、話したくないかもしれないけど
  心配で…っ
  ……えっと…、その…っ
♡)……。
◇)臣さんに…ひどいことされたの?
  大丈夫…?
 
 
◇ちゃんがすごく心配そうに
私の顔を覗いてる。
 
 
♡)ひどい…こと…?
◇)うん…っ
♡)ひどいことなんて…
  何も…されてないよ…。
◇)え…?
♡)ひどいことをしたのは…私なの…。
◇)…っ
 
 
全部全部、私が悪いんだ…。
 
 
♡)ごめん…ね…、
  上手く話せる…気がしない…。
◇)…っ
 
 
思い出しただけで、息が苦しい。
 
 
♡)ごめんね、◇ちゃん…っ
◇)…っ
 
 
私はそれ以上、何も言えなくて。
◇ちゃんも何も聞かなくて。
 
 
エレベーターで別れて、
帰ってきた、家の前。
 
 
ドアを開けたら…
シンと、冷たい空気を感じて…
臣くんが帰ってきてないことが肌でわかる。
 
 
♡)…っ
 
 
一日中、張り詰めてた気が一気に抜けて
私はその場に崩れ落ちた。
 
 
♡)お…み…くん…っ
 
 
どこにいるの……
 
 
♡)……ふぇぇ…っ
 
 
帰ってきて…くれないの…?
 
 
臣くん…
 
臣くん…
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
今日は昨日とは違うゲストルームを借りて
コンシェルジュには
マネージャーが来ても一切通さないように
伝えておいた。
 
あれからSさんからは連絡がないから
橘がどうなったのかはわかんないけど。
 
頭おかしいから何するかわかんないし
また入ってきたら怖すぎるから。
 
 
臣)はぁぁぁ……。
 
 
綺麗にメイキングされたベッドの上に
倒れるように身を投げた。
 
 
まだ気持ち悪くて、吐き気も残ってる。
 
さすがにもう酒を飲む気にはなれない。
 
 
臣)……。
 
 
♡からはなんの連絡もない。
 
 
……当たり前だよな…。
 
俺だって何も連絡してないし…
♡から、来るはずがない。
 
 
こんな逃げるように身を隠してる
俺になんか。
 
 
「♡ちゃん、瞼真っ赤に腫らして
 出社してる…って…。」
 
 
岩ちゃんの言葉が、頭から離れない。
 
 
そんなになるまで泣いたんだ、
俺のせいで…。
 
 
……ああ、考えたくない。
頭が痛い。
 
身体がだるくて、胃も痛くて…
 
ああ俺…何やってんだろ…。
 
 
ピロピロ♪ピロピロ♪
 
 
臣)!!!
 
 
携帯が鳴ってすぐに画面を見たら、
相手はRだった。
 
 
『二日酔いになってない?大丈夫?
 昨日はごちそうさまでした。
 お釣り余りすぎてるから今度返します。
 ちゃんと仲直りできたの?
 あたしならいつでも相談に乗るからね。
 遠慮なく連絡してね。』
 
 
臣)……。
 
 
♡じゃなかったことにガッカリして
ぼーっとする頭で読んだけど…
 
よく意味がわからない。
 
Rと昨夜何話したかもよく思い出せない。
 
 
臣)めんどくせ…。
 
 
俺は返事も返さずに携帯を放り投げた。
 
 
……つーか笑える。
 
俺、こんな状態でも
♡からLINEが来ること、期待してたんだ。
 
馬鹿じゃね…?
 
 
あんなことしといて、来るわけねぇって…
さっきそう思ったばかりなのに
何期待してんだよ。
 
 
臣)はぁ………。
 
 
俺、もう終わりかなぁ…。
 
 
♡を泣かせないって、あんなに心に誓ったのに
俺なんて所詮こういう男なんだよな…。
 
最低なんだよ。
 
 
♡の笑顔を奪って、泣かせて、
 
 
臣)うっ……
 
 
またズキズキと頭が痛んだ。
 
ダメだ、もう考えたくない。
 
 
……どうしたら忘れられんだよ。
 
 
臣)……っく、
 
 
俺は重たい身体を動かして
水を一本飲み干して。
 
 
悲鳴をあげてる身体をまたベッドに沈めて
目を閉じた。
 
 
もう頭も身体もぐちゃぐちゃだ…。
 
 
このまま眠れたらいいのに…。
 
眠って、♡がいない朝なんて来なければいい。
 
 
♡がいない世界なんて…
俺にはなんの価値もないから……。
 
 
 
 
 
 
ーendー

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  1. まり より:

    こんにちは‼️
    コメントは初めてですが、いつも楽しく読ませてもらってます♪
    今年も楽しみに読ませてもらいます‼️
    年末の挨拶から、音沙汰がなかったので、このままなくなってしまうかと思いましたが、良かったです✨
    私は本になってほしいくらいこのストーリーが大好きなので、やめずにゆっくりでいいので更新して頂けたら嬉しいです✨

    • ひさぼー より:

      ストーリー待ってました。
      更新ありがとうございます‼️
      2人とも、苦しく切ないですね(>_<)
      早くいつものラブラブな2人に戻って~!

    • マイコ より:

      ひさぼーさんお待たせしましたー(っ≧ω≦)っ
      プチ暗黒期、どうぞ最後まで見守ってやってください〜〜!

    • マイコ より:

      まりさんこんにちは(o^∀^o)
      ご心配おかけしました!そんな風に言っていただけて恐縮です!ありがとうございます♡♡

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