Like a flower 〜short story〜

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臣)適当に花束、お願いします。
女)適当に、ですか?
臣)なんか母の日っぽいやつで。
女)かしこまりました。
 
 
ああ、疲れた。眠い。
この後もまた仕事戻んなきゃ。
 
 
女)もし良ければ
  メッセージカード、どうぞ♡
臣)は?母の日ですよ?
 
 
恋人へのプレゼントでもあるまいし。
 
 
女)母の日だから、です♡
臣)…っ
 
 
店員は笑顔で
俺に小さいカードとペンを渡してきた。
 
 
女)お花だけより…
  一言でも添えてあったら
  きっとお母様、喜ばれますよ♡
臣)…いや、照れ臭いんでいいですw
 
 
苦笑いで断ったら、
彼女はふわりと優しく微笑んだ。
 
 
女)男の子なんて、何歳になっても
  お母さんが大好きでしょう?
  年に一度くらい、
  素直にその気持ちを伝えてあげたら
  絶対に嬉しいですよ♡
臣)…っ
 
 
……花が咲くみたいに
笑う人だと思った。
 
 
臣)……じゃあ、一言だけ…///
女)はい♡
 
 
その気なんかなかったのに
俺は彼女の笑顔に不覚にも癒されて、
母親にメッセージを書いたんだ。
 
 
女性の笑顔に
こんなに心を掴まれたのは
初めてかもしれない。
 
 
 

 
 
……
 
 
 
………ワンワン!
 
 
ワンワンワン…!!
 
 
臣)……ルナ…、うるさい。
犬)ワンワン!
 
 
珍しく少し眠れたと思ったのに。
 
 
臣)……。
 
 
何の夢を見てたんだっけ。
 
 
……ああ、そうだ。
何年か前の、母の日の夢。
 
 
なんで今更、思い出したんだろう。
変なの。
 
俺ほんと疲れてんだな。
 
 
……ああ、だからか。
疲れてるから思い出したんだ。
 
きっと脳が無意識に
あんな癒しを求めてるんだろうな。
 
 
……って何言ってんだ俺。
 
もう顔も覚えてない人のこと。
 
 
臣)……馬鹿馬鹿しい。
 
 
女の笑顔には裏がある。
 
 
最近俺はもう、
女にはほとほと嫌気がさしてんだ。
 
どいつもこいつも上辺ばかり。
恋愛なんかする気にもならない。
 
 
臣)はぁ……。
 
 
それに俺は今それどころじゃない。
 
 
仕事も全然上手くいかないし
疲れとストレスで不眠が続いてる。
 
 
犬)ワンワンワン!
臣)ルナーー、お前は……
  ご主人様を寝かせてやろうって優しさは
  ないわけ?
犬)ワンワンワン!
臣)はいはい、散歩ね。
  そうだよな…
  お前もストレス溜まってるよな。
 
 
俺はほとんど家にいないし…
いつも預けてばっかりじゃ
寂しいよな、きっと。
 
 
どうせもう一回目を閉じたところで
寝れるわけなんかないし。
 
俺はスウェットのままスニーカーを履いて
ルナの散歩に出かけた。
 
 
臣)……はぁ、さみ。
犬)ワンワン!
臣)お前は元気だなぁ…。
 
 
もう一枚着てくりゃ良かったと思いながら
俺はポケットに手を突っ込んで
長い散歩道をてくてく歩いた。
 
 
臣)はぁ。
 
 
仕事…行きたくねぇ。
 
何もかも投げ出せたら
どんなにラクだろう。
 
 
臣)……ルナ、わり…。
  もう疲れた。だりぃ。
犬)くぅぅぅ…ん
 
 
ほんのり空が白み始めて
朝の冷たい風が吹き抜けて。
 
俺は木の陰の芝生に寝転んで
右腕で目元を覆った。
 
 
臣)はぁ……。
 
 
こんなに疲れてるのに、眠くない。
 
寝たいのに…なんで寝れないんだろ…。
 
 
犬)ワンワン!
臣)……ルナ、少し静かにして。
犬)ワンワン!
臣)だからうるせぇって。
犬)ワンワン!
臣)……ああ、もう。
 
 
リードを手放したら
ルナはあっという間にいなくなった。
 
もういいや。
どうせ戻ってくるだろ。
 
 
……ああ、疲れた。
 
 
何やってんだろ俺。
 
 
「疲れた」「だりぃ」「眠ぃ」
最近これしか言ってない気がする。
 
 
昔は金さえあれば
幸せになれると思ってた。
 
でも…
 
 
今の俺はいくらでも金はあるけど、
全然幸せなんかじゃない。
 
 
もう…疲れたよ…。
 
 
女)待って!!
犬)ワンワン!
女)返して、お願い!
犬)ワンワン!
 
 
ん…?
まさか…、、
 
 
犬)ワンワン!
臣)…っ
 
 
薄眼を開けてその姿を確認すると…
 
ルナが嬉しそうに咥えてるのは、
女物の鞄。
 
 
臣)バッカ!お前…っ
女)はぁっ、はぁっ、はぁっ…
 
 
慌てて起き上がったら、
息を切らしたその人が
膝に手を付いていて…
 
 
臣)あの、すみませんっ!!
 
 
俺は急いでルナから鞄を引ったくって
その女性に頭を下げた。
 
 
臣)うわ、歯型付いちゃってる…
  ルナ……、
女)はぁ、はぁ、はぁっ…
 
 
どうすんだよこれ…。
 
 
臣)弁償します、本当にすみません。
女)はぁ、はぁ、はぁっ…
臣)てか大丈夫ですか?
  そんなに走らせました?
  ほんとにすみません。
女)ちょっと待って…っ
 
 
ドサッ!!
 
 
臣)…っ
 
 
彼女はいきなり芝生に寝転んで
空を仰いだ。
 
 
女)そんなに走ったよ!
  こんなに全力疾走したのいつぶり?
  死ぬっ!
臣)マジ…?ごめん。
 
 
女性は息が整うまで
さっきの俺みたいに右腕で目元を覆ってて…
 
しばらくすると、
笑いながら起き上がった。
 
 
女)君、ルナちゃんて言うの?
  随分パワフルだったねぇw
臣)あ、こいつオス。
女)え?「ルナ」でしょ?
臣)うん。
女)ルナなのにオスなの?
臣)え、なんで?
女)……ごめん。
  セーラームーンのイメージで…
  ルナといえばメスかな、って。
臣)ああw
女)って言ってもわかんないよね、
  セーラームーン知らないでしょ。
臣)知ってるし!w
  姉ちゃん見てたもん。
女)あ、ほんと?良かったw
臣)こいつの「ルナ」は月から取ったの。
女)ふーん、そうなんだ。
臣)オスならアルテミスにしろとか
  思ったっしょ。
女)あははは!
  ほんとにセーラームーン知ってる!w
 
 
彼女は嬉しそうに笑って
ルナを撫でてて…
 
ルナは元気いっぱいに尻尾を振ってる。
 
 
臣)めずらし…。
女)何が?
臣)ルナが女に懐くの。
女)そうなの?
臣)初めて見た。
  いつもは唸るのに。
女)うそー!この子が?
  こんなにいい子なのに?
臣)うん。
女)オスなのに女性嫌いなのかな?
  私は女として見られてないのかもw
臣)なんだよそれw
 
 
彼女があまりにフランクに話すから
俺も気付けばつられてて。
 
なんで初対面の女と
こんなに話してんだろ、俺。
 
 
女)はーあ、疲れたー。
臣)…っ
女)久しぶりにこんな風に
  芝生に寝っ転がったなーー。
  気持ちいいね。
 
 
そう言って彼女はまたごろんと寝転んで…
 
ルナは嬉しそうにその隣に寄り添ってる。
 
 
臣)……。
 
 
仕方ないから俺もその隣に寝転んだ。
 
 
女)もうすぐ朝ですよー。
臣)そうですねー。
 
 
ゆっくりのんびり話す彼女の口調が
耳に心地良い。
 
 
臣)俺のこと…知らないの?
女)え…っ
 
 
俺の言葉に彼女は恐る恐る起き上がって
隠れるように俺をじーっと見た。
 
 
女)なんなの…?
  指名手配犯とか…?
臣)はぁ?!
女)だって顔色悪いし…。
臣)…っ
 
 
指名手配犯に見えるほど?
終わってない?俺w
 
 
臣)知らねんならいーよ。
女)え、良くないよ。怖い。
臣)いいって。
女)……じゃあいっか。
臣)早っ!w
女)だってw
  悪い人じゃなさそーだし。
臣)なんで?
女)ルナの飼い主だから♡
臣)なんだよそれw
犬)ワフッ♡
女)ほら、ルナもそう言ってる。
臣)お前…懐きすぎだろ…
女)あはははw
 
 
……なんだろう。
なんかすげぇ居心地がいい。
 
 
今俺、心からリラックスしてるかもしんない。
 
 
臣)……なぁ。
女)なに?
 
 
なんでこんな普通に話せんだろ。
 
 
臣)幸せって…何?
 
 
あまりに彼女が気さくだから…
俺は唐突にそんなことを聞いてしまった。
 
 
女)「幸せ」…?
  そうだなぁ…。
  家族が災いなく健康に暮らせることかな。
臣)……家族?
女)うん。
臣)……。
女)多くは望まないよ。
  それだけで、幸せ。
 
 
彼女はそう言って…
ふわりと優しく微笑んで。
 
 
その笑顔はまるで、花が咲いたみたいで…
 
どこか既視感を覚えた。
 
 
臣)…っ、ねぇ、時間ある?
 
 
俺は気付けば彼女の腕を掴んでいた。
 
 
女)時間って…?
臣)今。
女)今?
臣)うち、来て。
女)え??!
臣)少しでいいから。
女)そんな突然…、
  旦那さんと子供が心配するから…
臣)結婚してんの?
女)うん。
 
 
ほんとだ。結婚指輪してんじゃん。
 
 
臣)結婚してんなら余計都合いい。
  来て。
女)…っ
臣)5分でいいから。
 
 
自分の強引さに、自分で呆れたけど…
本能が彼女を求めてた。
 
 
戸惑いながらもついてきてくれた彼女を
部屋に連れこんで、ベッドに押し倒して。
 
 
臣)そばにいて。
女)え…?
臣)5分でいいから。
女)…っ
 
 
眠れそうな気がするんだ。
そばにいてくれたら。
 
なんでかは、わからない。
ただ本能で、そう思う。
 
 
臣)添い寝するだけでいいから。お願い。
女)…っ
 
 
俺がそう言うと、
彼女は少し困ったような様子で…
でも、俺を抱きしめてくれた。
 
 
臣)…っ
 
 
優しく優しく、抱きしめてくれて…
 
俺はそのあたたかいぬくもりに、
気が付けば、意識を手放していた。
 
 
5分とは言わずに…秒で落ちたと思う。
 
それくらい、心地良くて…癒されたんだ。
 
 
 
……
 
 
 

 
 
 
犬)ワンワンワン!
臣)……うる…せぇ…。
 
 
またルナが吠えてる。
 
 
犬)ワンワンワン!
臣)……うるせぇって…。
 
 
あれ…?
でも…、、
 
 
臣)…っ
 
 
なんだこれ。
めちゃくちゃ頭がスッキリしてる。
 
俺、どんだけ寝たんだ?!
 
すげぇ!!
 
 
時計を見て感動した。
8時間も眠れた!!
 
 
臣)マジか…これはすげぇぞ。
 
 
嬉しくてルナの頭をワシャワシャと撫でて、
ハッとする。
 
 
臣)女は!??
 
 
あたりを見回してもどこにも姿がない。
どこ行った!??
 
 
臣)ルナ、さっきの女は!?
犬)くぅぅん…
臣)どこ行った?確かにいたよな!?
  一緒に寝てたよな?!
犬)くぅぅん…
 
 
夢なんかじゃない。
ハッキリ覚えてる。
 
 
いつ帰ったんだ!?
ほんとに5分で帰っちゃった?!
 
 
臣)……ダメだ。書き置きもなんもねぇ。
 
 
家中探したけど彼女の痕跡は何一つなくて。
 
 
臣)どうしよう。
  もう会えないじゃん…。
 
 
彼女のことを、何も知らない。
どこに住んでるのか、何歳なのか、
名前すら知らない。
 
 
臣)……あ。
 
 
知ってることが一つだけあった。
彼女には家庭があるということ。
 
 
臣)…って、それだけでどうすんだよーー
 
 
鞄だって弁償したかったのに…。
 
 
臣)はぁぁぁ……。
 
 
それから俺はとりあえず仕事に行って。
 
 
夜中に終わって帰ってきたら、
また眠れなくて。
 
彼女が抱きしめてくれた感触を
思い出しながらも
また眠れない日々を過ごした。
 
 
彼女は一体何者だったんだろう。
 
 
既婚者のくせに…
俺が頼んだら家までついてきて…
添い寝までしてくれて。
 
 
でもそれは
いつもみたいにほいほいついてくる女達とは
全然違って…
 
なんていうか、人助け、
みたいな感じだった。
 
 
そうだよな、俺のこと知らなかったし。
指名手配犯だと思われるくらいだし…。
 
 
もう一度会えるなら、
聞きたいことがたくさんある。
 
 
臣)ルナーーー、頼むよ……
  もう一度あの人に会わせてよ…
犬)ワンワン!
臣)はぁぁぁ…。
 
 
ルナの散歩に行けばまた会えるかもなんて
期待して…
 
あれから無理してでも
散歩の回数を増やしてるのに
彼女に会えることは全くない。
 
 
臣)ルナ、今日こそ頼む。
  どんな高い鞄でもいいぞ。
  俺が弁償するから!
  がっつり盗んで来い!!
 
 
なんてアホな命令をして、
芝生に寝転んだ、冬のある朝。
 
 
俺の願いは、ついに叶った。
 
 
女)待って!!
犬)ワンワン!
女)こらー!ルナーー!!
犬)ワンワン!
 
 
その声に俺は一瞬で飛び起きた。
 
 
犬)ワフワフ♡
臣)…っ
 
 
ルナが嬉しそうに咥えてるその鞄には
またもや歯型がぐっさり。
 
 
……よくやった!!
 
と、心の中で褒めながら
ルナの頭を撫で回した。
 
 
女)ちょっともぉ〜〜〜
  どういう教育してるのー?
臣)あはははw
 
 
彼女はまた息を切らしながら
芝生の上に倒れるように寝転んだ。
 
 
女)ルナ足速いんだもん…、はぁ、はぁっ
臣)ごめんね、毎度毎度w
女)疲れたぁっ…
 
 
会えた。
やっと会えた。
 
ルナ、ほんとにありがとう。
 
 
女)まだ逃げ回ってるの…?
臣)はい??
 
 
彼女は息を整えてる間、
俺の顔をじーっと見てて。
 
 
女)相変わらず顔色悪いなーって。
臣)…っ
女)指名手配されてるからでしょ?
臣)ちげーわw
 
 
俺は思わず笑って、
彼女の隣にあぐらをかいた。
 
 
臣)……寝れねぇの。
女)え?
臣)最近。
女)秒で寝た人が…??
臣)ああ、この間でしょ?w
女)うん。
臣)あれはあんたがいたから。
 
 
自分でも驚くくらい一瞬で眠れた。
 
 
臣)普段は全然寝れない。
女)女に添い寝してもらわないと?
臣)違う。女がいても無理。
  てか女とかもうコリゴリだから。
女)何それ。私も女ですけど?
臣)ああ、そうだっけw
女)も〜〜〜!w
 
 
彼女は笑いながら俺の太ももを叩いてきた。
 
 
女)ルナと一緒じゃない!
  二人揃って私のこと
  女扱いしてくれないんだからーw
臣)え?
女)ほら、言ってたでしょ?
  ルナはオスなのに女性嫌いだって。
  なのに私にはこんな懐いてくれてる。
犬)ワフーー♡
 
 
ルナは嬉しそうに尻尾を振って
彼女にスリスリしてる。
 
 
臣)今日は時間ないの…?
女)え…?
臣)もっかい人助けしてくんない…?
女)……。
臣)お願い…。
 
 
窺うように彼女の顔を覗いたら、
彼女はゆっくりと起き上がって
ルナの頭を撫でた。
 
 
女)そういう風にお願いしたら
  助けてくれる女の子、
  他にもいると思うけど。
臣)だから女ならいいってわけじゃ
  ないんだって。
女)……。
臣)あんたがいい。
女)…っ
 
 
なんでだろう。
一緒にいるとすげぇ落ち着くんだ。
 
 
臣)5分でいいから。
 
 
俺は前と同じように頼み込んで
また彼女を部屋に連れてきた。
 
 
またベッドに押し倒して
俺も身を投げるようにその隣に寝転んで。
 
 
臣)……ねぇ、名前なんていうの。
 
 
彼女が隣にいてくれるだけで
もう眠気に襲われながら
小さく呟いたら…。
 
 
女)おいで…。
 
 
優しい優しい声に吸い込まれるように
抱き寄せられて…。
 
 
女)ゆっくり眠れますように…。
 
 
俺は彼女に抱きしめてもらいながら
また秒で眠りに落ちた。
 
 
まるで幼い子供が母親の胸で
安心して眠るみたいに。
 
 
 
 
……
 
 
 

 
 
 
 
ピロリロリロ♪ピロリロリロ♪
 
 
 
臣)んぁ……うる…せぇ…
 
 
ピロリロリロ♪ピロリロリロ♪
 
 
臣)うるせぇぇぇ〜〜〜
 
 
ピロリロリロ♪ピロリロリロ♪
 
 
臣『うるせぇって!』
マ『はぁ!?とっとと降りてこい!
  いつまで寝てんだ!』
臣『え…。』
 
 
寝ぼけながら電話に出た俺の耳に届いたのは
マネージャーの怒鳴り声だった。
 
 
マ『スタジオ行くぞ!生放送!!』
臣『あ!やっべ!!』
 
 
その言葉に一気に頭が覚めて
大慌てでシャワーを浴びた。
 
 
臣)ごめん!ほんとごめん!
マ)珍しいな、寝坊なんて。
  最近なかったのに、全然。
臣)うん。
 
 
急いで車に乗り込んだ俺の顔を見て
マネージャーはハッとしたように
俺を二度見した。
 
 
臣)なに?
マ)……いや、珍しく顔色いいなって。
臣)うん。今日はすげぇ眠れた。
  たぶん電話来なかったら
  まだまだ寝れたと思う。
マ)それは悪かったなw
臣)あはははw
 
 
だって今日は彼女がいたから。
俺を抱きしめてくれたから。
 
 
臣)なんでなんだろ…。
マ)何が?
臣)……いや。
 
 
他の女で試してみようかなんて
そんな気すら全く起こらないのは、
絶対無理だってわかってるから。
 
彼女じゃないとダメなんだ。
 
 
なんでだろ。
 
俺のこと知らないから?
 
 
自分を女として見てないとか
文句言ってたけど…
 
あっちこそ俺を男として見てない気がする。
まぁそりゃそーか。結婚してんだし。
 
だからかな?
俺に色目使ってこないから
こんなに居心地いいのかな?
 
 
普段は目をハートにしながら
媚びたようにすり寄ってくる女しかいないから
それがすげぇ疲れんだよ。
 
 
臣)また名前聞けなかった…。
  てか連絡先…、、
マ)ん?なんか言った?
臣)なんでもない。
 
 
どうしよう。
またしばらく会えないのかな。
 
せっかくルナが頑張って
捕まえてきてくれたのに。
 
俺ってば睡魔に負けて寝ちゃったし。
 
 
 
……
 
 
 

 
 
 
臣)ルナ様!もう一度チャンスください!!
 
 
生放送の歌番組を終えて
家に帰ってきて。
 
今日は珍しく調子も良かったし
このまま眠れるかな、なんて期待したけど
やっぱり無理だった。
 
 
臣)もっかい会わせて!お願い!
 
 
結局、鞄を二つもダメにしちゃったのに
どっちも弁償できてないし!
 
 
臣)今度こそ名前も連絡先も聞くから!
  お願いします!ルナ様!
 
 
頭を下げて頼み込んだら
ルナはワフワフ言いながらドヤ顔で俺を見た。
 
 
臣)よし!じゃあ行くか!
 
 
期待を込めて、昨日と同じ時間、同じ場所。
 
祈るような気持ちで
ルナと二人、てくてく歩いてたら…
 
 
女)あ。
臣)あ。
 
 
………嘘だろ、会えた…。
 
 
犬)ワンワン!
臣)…っ
 
 
ルナは嬉しそうに飛び上がって。
 
 
女)ふふ、おはよ…w
臣)…っ
 
 
花が咲いたみたいに笑う彼女の笑顔に
俺は思わず、息を飲んだ。
 
 
臣)……えと…、おはよ。
女)今日は少し顔色いいね。
臣)…っ、昨日…眠れたから。
女)そっか。
臣)ありがとう。
女)うん。
 
 
彼女は優しく笑いながら
ルナと抱き合ってる。
 
 
女)今日は眠れそう?
臣)……いや、寝れないから…散歩きた。
女)ええ?w
 
 
俺の言葉に、彼女は困ったように笑って
俺を見上げた。
 
 
臣)今日も来て…とか言ったら…怒る?
女)怒らないけど…
  どうにかならないのかなぁ…。
臣)え?
女)その不眠症。
臣)……。
犬)くぅぅぅん…。
女)ね?ルナも心配だよね?
犬)ワン。
 
 
ルナも、ってことは…
この人も俺のこと心配してくれてんの?
 
俺のこと全然知らないのに?
 
 
臣)ねぇ、名前教えて。
女)……。
臣)何歳なの?
女)……女性に歳聞くのは失礼だよー。
臣)えーー。だって。気になる。
 
 
俺よりちょっと下くらいだと思うけど。
 
 
臣)何歳?
女)失礼だって言ってるのに!w
  あ、わかった。
  また私を女として見てないからだ。
臣)そんなんじゃないって!w
  じゃあ俺より上か下かだけでも教えて。
  俺、32。
女)……上。
臣)えええええ!!
女)……そんな驚く?
臣)上なの!?嘘でしょ?!
  どんぐらい上!?
女)ほんの少し。
臣)ほんの少しって何個!?
女)もぉ、しつこいなー!w
 
 
彼女は笑いながら立ち上がって
俺にデコピンしてきた。
 
 
臣)……名前はなんていうんですか?
女)ちょっと!w
臣)え?
女)年上だってわかった途端、敬語とか!
  なんかやだ!w
臣)だって…
女)〇〇だよ。
臣)〇〇さん…。
〇)うん。
 
 
やっと知れた、彼女の名前。
 
 
臣)うち…来てくれる?
〇)……。
臣)わかってると思うけど
  別に口説こうとか思ってないし
  そういう風に見てないから。
〇)出た!また女扱いしてない宣言!
臣)いや、そういうわけじゃないけどw
 
 
だって俺今、そういうスイッチ
完全にオフだし。
 
 
臣)〇〇さんも既婚者なんだから
  その方がいいでしょ?
〇)え?
臣)俺が本気出して口説いたらどーすんのw
  迷惑じゃん。
 
 
それから結局、ルナが彼女の側を離れなくて。
 
諦めたように俺に付いてきてくれた彼女を
また部屋に招き入れた。
 
 
臣)あのさ、鞄弁償したいんだけど。
〇)え?今日は噛まれてないよ?
臣)だから、前回と前々回の分!
  二つ、弁償させて。
〇)でも…、
臣)一緒には買いに行けないけど…
  はい、これ。
〇)…っ
臣)これで好きなの買ってよ。
  いくらでもいいから。
〇)……。
 
 
俺がクレジットカードを渡すと
彼女は固まったようにそれを凝視した。
 
 
臣)えっと…、
 
 
俺の仕事知らないんだよな。
いきなりカード渡したりして怪しいだけかな?
 
 
臣)現金の方がいい…?
  今手持ち10万くらいしかないんだけど…
〇)……いらない。
臣)え?
〇)いいよ、弁償しなくて。
臣)いや、だって!
〇)ルナの歯型、可愛いじゃん。
臣)ええ?!w
 
 
クスッとイタズラに笑う彼女に
ルナはまた嬉しそうに尻尾を振ってる。
 
 
臣)いや、でも、やっぱり…
〇)いいから早く寝るよー
臣)えっ…
〇)そんな長くいられないから。
臣)あ、そっか、ごめん。
 
 
それから二人でベッドに入って
俺がチラッと彼女を見ると、
 
彼女はふわりと優しく微笑んで、
俺を抱きしめてくれた。
 
 
臣)あ、そーだ。〇〇さん…。
〇)んー?
 
 
あっという間に眠気に襲われながら
必死に抗うように口を開いた。
 
 
臣)連絡先…、教えて…。
 
 
背中に手を回して、
自分の携帯を探し当てた。
 
 
臣)番号言って。
 
 
彼女が教えてくれた番号に
ワンコールする。
 
 
臣)ちゃんと登録しといてね、俺。
〇)うん。…って、名前知らないや。
臣)あ。
 
 
そういえば俺、名前聞いといて
自分は名乗ってなかったっけ。
 
 
〇)いいや。ルナって入れとこ。
臣)え。
〇)ふふ、見てw
臣)…っ
 
 
彼女の携帯画面に登録された
ルナの名前と俺の番号。
 
 
臣)変なのw
〇)え?
臣)……なんでもない…。
 
 
俺の名前を知ろうともしない。
 
俺に大して興味もなさそうなのに
それでもこうして、添い寝してくれる。
 
 
臣)聖母マリア様かよ…。
〇)え?
 
 
その奉仕精神に、救われてます。
 
 
〇)ほら…、喋ってないで寝なさい。
  ……って、もう寝てたw
臣)……。
〇)おやすみ…。
臣)……。
 
 
心地良いぬくもりに包まれて
俺は安心しきって、
眠りの中へ落ちていった……。
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
ルナくんと連絡先を交換してから、
たびたび彼からヘルプ要請を
受けるようになった。
 
 
その時間はいつもバラバラで。
 
不規則な仕事をしてるんだなぁ…
なんて思いながら、
都合がつく時はなるべく家まで行ってあげて。
 
 
だって本当に眠れなくて
困ってるみたいだから。
 
かわいそうだなって心配になっちゃう。
 
 
ちょっと年下の彼はとても甘え上手で。
 
〇〇さんのおかげで
すごくよく眠れるんだ、なんて
無邪気に笑う姿を見たら
 
仕方ないなぁー
って、ついつい助けたくなっちゃうし…
 
 
〇〇さんがいない日は
やっぱり全然眠れない、なんて
寂しそうに呟かれたら
 
ルナにするみたいに
よしよしよしーー!
ってしてあげたくなっちゃうし。
 
 
困った男の子だな…。
 
 
でも彼が求めてるのはあくまで「安眠」で、
そのために添い寝してくれる人が必要で。
(彼曰く、誰でもいいわけじゃないらしいけど…)
 
 
だから別に変なこともしてこないし
下心なんて全く感じない。
 
 
添い寝してるだけだから
これくらい、浮気にはならないよね?
って思いながら、私もついつい今に至る。
 
 
だって彼は私を女として見てないし、
私も彼を男として見てない。
 
そう、強いていえば…
私は彼にとって「おかん」的存在だと思う!
 
そして私にとっての彼は
寝かしつけの必要な小さい子供。みたい。
 
 
〇)ねぇ、お母さんいないの?
臣)え、急になに。
〇)ふと思って。
臣)いるけど。
〇)眠れないって言ったら
  絶対してくれると思うよ、添い寝。
臣)はぁ!??
  この歳で母ちゃんにんなこと頼めるかよ!
〇)えーー。ダメ?
臣)ぜってぇヤダ!!
〇)えーー。
臣)母ちゃんだってドン引きするわw
〇)そうかなぁ。
  男の子なんて、何歳になっても
  お母さんが大好きでしょう?
  素直に甘えてくれたら
  お母さんも嬉しいと思うけど…。
臣)……。
 
 
私の言葉に彼は少し考えたような顔をして、
こっちにごろんと寝転んできた。
 
 
臣)やだ。
〇)あら。
臣)それに母ちゃんでも寝れる保証ねぇもん。
〇)え?
臣)俺は〇〇さんがいい。
〇)…っ
 
 
出た、甘え上手。
ずるいんだから。
 
 
〇)早く一人で寝れるようになるんだよー?
臣)……何それ。
〇)えっ…
 
 
あれ。
今度は不貞腐れたように口を尖らせてる。
 
 
臣)早くお役御免したいってこと?
〇)そういうわけじゃ…
臣)だったらいいじゃん。
〇)…っ
 
 
彼は拗ねた表情で私の胸に顔を埋めて
そのまま静かに、寝息を立てた。
 
 
〇)……。
 
 
今日も私の胸で安心したように眠る彼。
 
 
お母さんは無理でも、
こんな風に彼のそばにいてあげられる
彼女とかがいたらいいのになぁ。
 
 
……なんて思っていたある日。
 
 
夫)TV何見るー?
子)ミュージックステーション!
夫)おう。久々だなー。
子)あ、今日は三代目だ。
夫)ほんとだ。
 
 
家族で晩御飯を食べていたら、
画面に映ったその人に、思わず箸が止まった。
 
 
〇)あ…れ…?
 
 
……ルナくんにすごく似てる。
 
 
夫)どうした?
〇)……ううん。
 
 
夫は不思議そうに私を見ながら
そのままテレビに視線を戻した。
 
 
〇)……。
 
 
ただの…そっくりさんかな?
 
 
……って、数日気になってて…
ある朝、またルナくんから呼び出された。
 
 
臣)こんな時間にごめんね。
〇)ううん。
 
 
……やっぱり似てる。
 
 
臣)いつも時間バラバラで。
〇)うん。無理な時は断ってるし大丈夫だよ。
 
 
私は数分添い寝をして帰るだけだし。
 
 
〇)……。
 
 
それにしても、似てる。
もしこの人が三代目の登坂さんなら
不規則な仕事にも納得がいく。
 
 
〇)ねぇ。
臣)ん?
 
 
よし、聞いちゃおう。
 
 
〇)そっくりさんだったらごめんね、
  あなたまさか、登坂さん?
臣)……。
〇)えっと、その…、三代目の。
  レコ大取った人たち。
 
 
私はそこまで詳しくないけど…。
世間じゃ有名だよね?
 
 
〇)家族でテレビ見てたら
  三代目が出てて、ね。
  そっくりだなぁ…って。
  よく言われる?
臣)俺だしw
〇)え?
臣)なんだ、三代目は知ってたんだ。
〇)えっ
臣)知ってたくせに気付かなかったの?
  ひどくね?w
  指名手配犯とか言うしさー。
〇)…っ
 
 
……本当に?
 
 
〇)本当に…登坂さんなの?
臣)うん。
〇)…っ
 
 
私、何も気付かずに…
相当失礼だったんじゃ…
 
 
〇)今までごめんね、その…っ、
臣)いいよ別に。
〇)…っ
 
 
彼は全然構わない様子で
ルナと戯れてる。
 
 
〇)ええと…、登坂さん。
臣)やだ、その呼び方。
〇)えっ。
 
 
でも…
名前を知ってしまったのに
ルナくんて呼び続けるのも…
 
 
〇)……じゃあ、登坂くん。
臣)なに?〇〇。
〇)えっ!
  どうしていきなり呼び捨て!?
臣)ダメなの?
〇)…っ
 
 
今まで〇〇さんって呼んでくれてたのに!
 
 
〇)私一応年上だけど。
臣)知ってる。
 
 
登坂くんは笑いながら立ち上がって
私の手を取った。
 
 
臣)ベッド行こ。
〇)……うん。
 
 
なんだか不思議。
 
 
今目の前にいる登坂くんは
本当にテレビに映ってた登坂広臣なんだよね?
 
 
〇)登坂くん、ごめんね…?
臣)え?
〇)私…、あまり知らなくて。
  三代目のことは知ってたけど…
臣)……そんなんどうだっていい。
〇)え…?
 
 
彼はまた甘えるように私の胸に顔を埋めた。
 
 
臣)知らなくていい。
〇)…っ
臣)俺のことなんか…知らなくていいから…
  ただこうして、抱きしめて。
〇)…っ
 
 
ああ、そうか。
やっとわかった。
 
 
登坂くんは「登坂広臣」だから。
 
だから私が居心地いいんだ。
 
 
結婚もしてるから彼をそういう目で見ないし
彼のことも知らないから
彼はただ素直に甘えられる。
 
 
彼は自分のことなんて知らない相手に
ただただ、甘えて癒されたかったんだ…。
 
 
そんな相手、彼の今の立場じゃ
きっと見つからないだろうから…。
 
 
〇)ゆっくり…おやすみなさい…。
 
 
安心しきったように寝息を立てるその寝顔に
そっと呟いて。
 
私は静かに部屋を出た。
 
 
〇)……。
 
 
「女とかもうコリゴリだから。」
 
そういえば前にそんなこと、言ってたっけ。
 
 
寄って来る女性は
きっとたくさんいるだろうに。
 
 
彼にそういう相手が無事に見つかるまでは
私がそばにいてあげよう。
 
それで彼が少しでも眠れるなら。
彼の助けになるなら。
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
元から俺に興味がなかった〇〇は
俺が三代目の登坂広臣だってわかってからも
その態度を変えることはなかった。
 
 
最初はそれに安心して甘えていたのに
気付けば少し物足りなく感じてる自分もいて。
 
 
それは、スター扱いしてほしいとか
そんなんじゃなくて。
 
なんていうか…
 
 
臣)うーーん…。
 
 
上手く言葉に出来ないけど、
なんか物足りないんだよ。
 
 
〇)あははは、くすぐったいよルナ〜〜w
犬)ワンワン♡
 
 
相変わらずルナは彼女のことが大好きで…
 
相変わらず彼女は、
花が咲いたように笑うんだ。
 
 
〇)あ、おかえりなさーい。
臣)ん。
 
 
シャワーを浴びて戻って来た俺を見つけて
彼女は柔らかく微笑んだ。
 
 
臣)今日は俺ね、泥のように眠るから。
〇)何それ、なんの宣言?!w
臣)だって今日オフなんだもん。
〇)えっ、そうなの?
臣)うん。
〇)せっかくのオフに
  泥のように眠っていいの?
  勿体無くない??
臣)勿体無くない。
  今の俺は睡眠が一番大事。
  〇〇がいる時じゃないと
  眠れないんだから。
  今日はとことん寝るの。
〇)……そっか。
 
 
俺の言葉に彼女は少し申し訳なさそうで。
 
 
〇)登坂くんに呼ばれた時に
  いつも来てあげられたらいいんだけど…
  ごめんね。
臣)いや、いいよそんなんw
  仕方ないじゃん。
 
 
家族がいるってわかってるし。
 
 
〇)私も今日はオフなんだー。
臣)え、そうなの?
 
 
二人でベッドに入ると
彼女がのんびりとそう言った。
 
 
臣)てかさ、仕事してんの?
〇)してるよー。専業主婦じゃないよー。
臣)何してんの?
〇)お花屋さんで働いてるの。
臣)…っ
〇)だからたまに朝も早いんだよ。
臣)散歩で会う時ってそうだったの?
〇)うん。
臣)……。
 
 
そうか、花屋か…。
 
ってぼんやり思いながら、
俺は頭のどこかで、思い出していた。
 
遠い記憶の、優しい笑顔を。
 
 
臣)オフなら…帰んなくてもいいじゃん。
〇)え…?
臣)いつも起きたらいなくなってるけど。
〇)……。
臣)今日はいれば?
〇)……いてほしいの…?
臣)……。
 
 
彼女は小さな子供をあやすように
俺の頭を優しく撫でた。
 
 
臣)起きたらいつも一人って
  結構寂しいんですけど…。
〇)……あはっ…w
臣)なんだよ///
〇)ううん、可愛いなーって思って。
臣)子供扱いすんなよ///
〇)はいはいw
臣)////
 
 
こんな抱きしめてもらってて
そんな強がり言ったって、ダサいだけか。
 
 
臣)……いてよ。
〇)…っ
臣)起きていなくなってんの、いつも寂しい。
〇)…っ
臣)仕事ないなら、いて。
 
 
俺は抱きしめてくれてる彼女の背中に
腕を回して
 
子供みたいに甘えた。
 
 
臣)……そばに、いて…。
〇)……うん。///
 
 
彼女の返事が優しく響いて、
心の底から安心して。
 
俺はいつものように、秒で眠ったと思う。
 
 
いつもと違ったのは、
目が覚めてからも、彼女が隣にいたこと。
 
 
臣)……。
 
 
俺は、彼女の寝顔を初めて見た。
 
 
臣)////
 
 
……あれ?
……なんだろ…、この感じ…。
 
 
胸の奥に変な感覚が広がる。
ずっと忘れていたような。
 
 
抱きしめてもらってたはずが…
気付けば俺が彼女を抱きしめてて…
 
彼女は俺の腕の中で、
スヤスヤと寝息を立ててる。
 
 
……こんなに…まつ毛、長かったっけ…?
 
ほっぺた…柔らかそーー……。
 
 
臣)……。
 
 
こんなに彼女の顔をまじまじ見るのは
初めてかも。
 
 
……唇も…すげぇ柔らかそうで…、、
 
 
これ以上盗み見するのは
なんだかいけないような気がして…
 
俺はまた目を閉じて、
彼女をぎゅっと抱きしめた。
 
 
……ドキドキドキ…、ドキドキドキ…、
 
 
…って、あれ!?
 
俺、ドキドキしてんの?!
なんで!?
 
 
臣)////
 
 
あれ?
マジでどうしたんだろ。
 
 
……てか…身体もちっさ。
すげぇ華奢なんだけど…。
 
こんなちっせぇのに、
いつも俺のこと…抱きしめてくれてたんだ…。
 
 
〇)……ん…、
 
 
わっ…
寝ぼけてんのか!?
 
なんかすり寄ってきたんだけど…///
 
 
……あ、もしかして旦那と間違えてるとか?
そうだよな、絶対そうだ!うん!
 
 
……って、あれ…?
なんで今少し胸がズキッとしたんだろ…。
 
 
〇)……登坂…くん…?
臣)…っ
 
 
……良かった。
旦那の名前でも呼ばれたら
どうしようかと思った。
 
 
〇)一緒に…寝ちゃってたぁ…。
臣)うん…///
 
 
ぼんやりした声が、なんだか妙に色っぽい。
 
……てか俺の腕の中にいるのが
すげぇ可愛い。
 
 
臣)////
 
 
ほんと、何この感覚。
久しぶりすぎて、戸惑う。
 
 
〇)登坂くんは…眠れた?
臣)…っ
 
 
彼女が腕の中から俺を見上げてくるもんだから
顔と顔がめちゃくちゃ近くて…
 
 
臣)////
〇)////
 
 
俺が固まると、
彼女もふいっと視線を逸らした。
 
 
臣)あ…、ええと…、うん。寝れた。
  ありがと///
〇)そ、そっか…良かった///
臣)うん///
 
 
なんだこれ。なんだこれ。
 
 
臣)あーー、腹減ったなーーー///
 
 
俺はこのドキドキを誤魔化すように
彼女を離して、起き上がった。
 
 
〇)なんか作ろうか?
臣)えっ!!
 
 
うそっ…
 
 
〇)そんな驚く?
  これでも一応主婦ですよ?
臣)…っ
 
 
その言葉に、一瞬複雑な気持ちになった。
 
 
〇)なんでそんなにじっと見てるの?
臣)いや…、、〇〇がいるのが不思議で。
〇)え?
臣)いつも起きたらいないから。
  なんの痕跡も残さず消えてるから。
〇)…っ
臣)今いるのが夢じゃないんだなぁって…。
〇)だって…
  いてって言ったの登坂くんだよ…///
臣)うん、そうなんだけど…
  ……だから、…嬉しいって意味、///
〇)////
 
 
あれ。
なんだこれ。なんだこれ。
 
また照れる雰囲気になったぞ…///
 
 
臣)飯!作ってよ!!///
 
 
誤魔化すようにベッドを降りたら
彼女はまたふわりと微笑んで、
「了解」って返事をしてキッチンに向かった。
 
 
俺もそのまま寝室を出て…
ダイニングに座りながら
彼女が料理する姿を見守りつつ、
また色んなことをあれこれ考えていた。
 
 
この人…こんなに綺麗だったっけ。
 
綺麗っていうか…可愛いっていうか…
 
……いや、うん。
綺麗で可愛い。
 
 
〇)そんな今か今かと待つほど
  お腹空いてるのー?w
臣)えっ…
〇)ずっと見てるからw
  もう少しで出来るから待ってねーー
臣)……うん。
 
 
この声も……好き。
話し方も。
 
ゆったりしてて落ち着くっていうか
癒されるっていうか…。
 
 
仕草や表情はいちいち色っぽいし…
 
……俺、何やってたんだろ。
なんで今まで気付かなかったんだろ。
 
どんだけスイッチオフになってたんだよ?
 
 
こんな人にずっとそばにいてもらってたのに
ずっと対象外として見てたなんて
男として、信じらんねぇ。
 
……てゆーか
今でも本当は対象外として
見なきゃなんないんだけど…。
 
既婚者だし。
 
 
〇)はい、お待たせー。
  できたよーー♡
臣)おわ…、美味そ……
〇)「美味そう」じゃなくて、「美味い」の!
臣)え?w
〇)これは旦那さんも子供も
  いつも美味しいって言ってくれる
  自信作なんだから!
 
 
彼女はドヤ顔で可愛く笑うけど…
俺は内心、複雑な気持ち。
 
 
臣)……マジで美味い。
〇)でしょぉーー?
臣)こんな美味い料理、毎日食えて…
  旦那さん幸せだね。
 
 
自虐的にそんなことを言っても…
 
 
〇)ふふ、そうかな?ありがとう♡
 
 
彼女はただ無邪気に笑うだけ。
 
 
臣)……あの、さ。
  買い物行かない?一緒に。
〇)え?なんの?
臣)鞄。弁償したいから。
〇)それはいいってば!
臣)良くない。一緒に行くから。
〇)一緒には行けないって
  前に言ってなかった?
  誰かに見られたら困るからでしょう?
臣)変装するもん。
〇)ダメだよー。
  まぁ一緒にいるところ見られても
  私とだったら怪しまれることは
  ないかもしれないけど。
臣)は?なんで?
〇)もし見つかったら
  登坂くんのお母さんですよー
  とか言っちゃおうかなw
臣)何言ってんの?
〇)だってそんな感じでしょ?私。
臣)は?
〇)眠れない登坂くんを寝かしつけてあげてる
  お母さん。
臣)…っ、何言ってんの。
  歳だって変わんねぇくせに。
〇)年上だもん。
臣)ほんの少しだろ。
〇)そうだけど…。
  登坂くんは私にとっては
  小さな子供みたいだから。
臣)…っ
 
 
何これ。ひどすぎない?
 
俺がこんな意識し始めたってのに、
そっちは子供扱い。お母さん宣言。
 
 
まぁ…
今まで睡眠薬代わりにしかしてなかったのに
いきなりこんなドキドキしてる俺も
悪いんだけど…。
 
 
〇)ふふ、怒ったのー?w
臣)…っ
 
 
クスッと笑った彼女に
鼻の頭をツンと突つかれて…。
 
全然俺を男として意識してない彼女に
なんだか悔しくなった。
 
 
……ああ、そうか。
 
最近、漠然と感じてた「物足りなさ」は
これだ。
 
 
俺は彼女に、男として見てほしいんだ。
 
 
散々子供みたいに甘えてきて、
すげぇ今更なのはわかってるけど。
 
すげぇ我儘だってわかってるけど。
 
 
〇)鞄はね、本当にもういいんだよ。
  旦那さんが買ってくれたから。
臣)……え?
〇)歯型が付いてるのに気付いてね?
  事情を話したら、笑ってて。
  新しいの二つ買ってくれたのw
臣)…っ
 
 
……俺が…買いたかったのに…。
 
 
臣)事情って…どこまで話したの?
〇)仕事に行く途中で
  ワンちゃんに噛まれたんだよって。
臣)俺のことは?
〇)言うわけないでしょw
臣)ふーん…。
 
 
良かった。
二人の秘密のままで。
 
 
臣)ごちそうさまでした。
  美味しかった。ありがとう。
〇)どういたしましてーー♡
 
 
彼女は食器を下げると
そのまま洗い物を始めて…
 
俺はそんな彼女の後ろにスッと立った。
 
 
臣)ほんとに美味しかった。
〇)…っ
臣)ありがとう。
〇)////
 
 
わかってるよ。
好きになったって意味ないって。
 
 
でも…
気付いちゃったのに…。
 
久々にこんな気持ちになったのに…
 
そんな矢先に失恋って、
切なすぎんじゃん…。
 
 
だからせめて…
 
俺のこと、意識くらいしてよ。
男だって。
 
子供なんかじゃないって。
 
 
〇)とさ、とさ、登坂くん?///
臣)……。
〇)何…してるの?///
臣)……ありがとうのハグ。
 
 
洗い物中で逃げられないのをいいことに
後ろから勝手に抱きしめてる。
 
 
〇)離して…くれる…?///
臣)……ヤダ。
 
 
彼女の優しい匂いに、胸をくすぐられる。
ドキドキする。
 
俺は彼女の肩口に鼻を埋めたまま、
深呼吸した。
 
 
〇)ね…、離して…?///
臣)……ヤダ。
 
 
俺がこんなドキドキしてんだから…
〇〇だって少しはドキドキしてよ。
 
 
臣)〇〇…。
〇)////
 
 
好きだって、言いたい。
 
けど、言えるわけない。
 
 
臣)〇〇…。
 
 
気付けば彼女の手は止まってて。
 
ふと顔を上げて後ろから彼女の顔を覗いたら…
彼女は耳まで真っ赤にして、固まってた。
 
 
臣)////
 
 
……え、何この反応。
 
 
〇)////
 
 
……え?///
 
 
ゆっくり振り向いた彼女と
視線がぶつかって…
 
キスできそうなほどの近い距離に
また胸がうるさく音を立てる。
 
 
〇)……ね?…もう…離して…?///
臣)////
 
 
そんな色っぽく言うなよ…。
色っぽく俯くなよ。
 
無理やりこっちを向かせて、
その唇を塞ぎたくなる…。
 
 
臣)……ん、ごめん。///
〇)うん…、///
 
 
俺は必死に気持ちを抑えて、彼女から離れた。
 
 
そんな頬を赤らめて…
そんな反応をされたら…
 
……期待する。
 
 
少しは俺のこと、意識してくれたのかなって。
 
 
……期待、したのに…
 
その日は彼女はすぐに帰ってしまって…
 
 
それからは何度連絡しても
時間が合わないって言われて
来てくれなくなった。
 
 
俺は…
彼女への恋心に気付いたからか、
 
この間たっぷり一緒に
添い寝してもらえたからか、
 
幸い、不眠症は治っていて。
 
 
でも彼女に会いたいから
まだ眠れないフリをして連絡してるのに、
彼女は全然来てくれない。
 
 
臣)……はぁ、会いたい…。
 
 
今度ばかりはルナに頼ったって仕方ない。
 
偶然会えることを願ってたあの時とは
状況が全然違うから。
 
 
臣)ルナぁ…、お前も会いたいよな?
犬)くぅぅぅん…。
 
 
ほら、ルナだって寂しがってる。
なんで来てくれないんだよ。
 
 
臣)仕事…忙しいのかな?
犬)くぅぅぅん…。
臣)あ…、そういえば。
 
 
花屋で働いてるって言ってた。
 
その時、俺は…
何か思い出しかけたんだ。
 
なんだったっけ。
 
 
「男の子なんて、何歳になっても
 お母さんが大好きでしょう?」
 
 
そう言って…
花が咲いたみたいに笑って…、、
 
 
臣)あ!!!
犬)ワンッ!!
 
 
もしかして。
 
……いや、まさか。
 
 
臣)…っ
 
 
俺が何年か前に母の日の花束を買ったのは…
確か……、
 
 
臣)あそこの花屋だ!
  行くぞ、ルナ!
犬)ワンッ!!
 
 
もしも〇〇があの時の彼女なら、
もうこれは運命だと思う。
 
そうであってほしい。
 
 
でも運命だからってなんだっていうんだ。
 
彼女には家庭があるのに。
 
 
そんなことを延々と考えながら辿り着いた、
駅から少し離れた小さな花屋。
 
 
臣)……っ、
 
 
………ああ、やっぱり…いた。
 
 
彼女だったんだ。
 
 
あの日、花が咲いたような笑顔で
俺を癒してくれたのも…
 
今、俺が必要としてる癒しも…、
 
 
……全部全部、彼女だったんだ。
 
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
 
……はぁ、疲れたなー。
 
 
遅番の人が急に体調を崩して来れなくなって
急遽、通しで入ることになった私。
 
家には連絡したけど、大丈夫かな。
ちゃんと晩御飯食べてるかな。
 
 
……きっとお弁当を買ってきてるに違いない。
 
かわいそうだから
明日は二人の好物を作ってあげようかな。
 
 
そんなことを考えながらも…
どうしてかな。
 
 
「……マジで美味い。」
 
 
思い出すのは、
美味しそうに私の料理を食べてくれる
登坂くんの顔。
 
 
〇)ダメダメ…。
 
 
私は邪念を振り払うように
頭をふるふると横に振った。
 
 
〇)ええと…明日の注文は…、、
 
 
伝票を手に取ってカウンターを出ると
ドアのベルが小さくチリリリンと鳴って。
 
 
〇)いらっしゃいま…
 
 
言いかけて、止まった。
 
 
入ってきたのは、彼だったから。
 
 
〇)どうし…て…
臣)お疲れ。一人?
〇)あ、…うん。
臣)こんな時間まで働いてんだ…。
〇)えっと…、今日は…ピンチヒッターで。
臣)そうなんだ。
〇)……どうして…ここ、わかったの?
 
 
私、花屋で働いてるとしか
言ってなかったよね。
 
お花屋さんなんていっぱいあるのに…。
 
 
臣)俺の直感。
〇)ええっ!
臣)すごくない?
〇)……すごい。
臣)会いたかった。
〇)え…?
臣)死ぬほど会いたかった…。
〇)…っ
 
 
死ぬ…ほど…って…、
……私に…?
 
 
〇)////
 
 
その言葉を確かめるように彼の顔を見たら
すごく真剣な眼で
私を真っ直ぐに見つめてて。
 
そんな眼で見られたら、
私は戸惑いを隠せなくなる。
 
 
〇)と、登坂くん…っ
  今日なんだかいつもと違うね!///
 
 
慌てて目を逸らして
誤魔化すようにそう言った。
 
 
臣)違うって、何が?
〇)か、顔!///
臣)顔?
〇)頭も!!///
臣)ああ、ヘアメイクのこと?w
  今日撮影だったからね。
〇)////
 
 
いつものすっぴんの登坂くんとは全然違う。
「登坂広臣」が目の前にいる。
 
 
臣)変?
〇)……ううん、カッコイイ…///
臣)えっ…
 
 
思わず本音を漏らすと
登坂くんは照れたように顔を赤くした。
 
 
臣)まぁ、いつもは指名手配犯だし?w
 
 
それを誤魔化すように笑って見せて。
 
 
臣)〇〇がカッコイイって言ってくれんなら
  ずっとメイクしとく。
〇)何…言ってるの///
臣)少しはドキッとしてくれたってことでしょ?
 
 
そんなことを言って
私の顔を覗いてくるから、
私は慌てて背を向けて、花の横を通り抜けた。
 
 
〇)////
 
 
「少し」…なんかじゃない。
この間から、ずっとドキドキしてる。
 
 
「……そばに、いて…。」
 
そう言って素直に甘えてくれたあの日。
 
 
彼は一緒に眠ってしまった私を
優しく抱きしめてくれてて…
 
その後も。
 
ありがとうのハグ、って言って…
キッチンで後ろから抱きしめられた。
 
 
彼に触れられて、
そのぬくもりを感じてしまって…
 
私は誤魔化せないくらいドキドキしていた。
 
 
ただ添い寝してあげてた時とは、全然違う。
 
 
甘えん坊で子供みたいな彼を
初めて男の人として意識してしまったから。
 
 
でも、それに気付いちゃいけなくて。
気付きたくなくて。
 
自分の気持ちに蓋をするように
彼からの連絡をずっと避けていた。
 
 
臣)ねぇ…、返事してよ。
〇)…きゃっ///
 
 
背中に彼のぬくもりを感じて、
私は飛び上がるようにして距離を開けた。
 
 
〇)と、登坂くんっ!///
  変装しなくていいの!?
臣)はい??
〇)だって…バレちゃうよ。
臣)〇〇しかいないんでしょ?w
〇)そうだけど…
  もしお客さんが来たら…
臣)大丈夫。どっから見ても
  花買いに来てるだけにしか見えないから。
〇)そう…かな?
犬)ワンッ!
〇)あっ!ルナ…っ!!
 
 
登坂くんの後ろから
ひょっこり顔を出したルナ。
 
 
〇)一緒に来てたの?気付かなかった!
  随分静かだったね?
犬)くぅぅぅん!
 
 
ルナは嬉しそうに私にスリスリしてる。
 
 
〇)お花の匂い、大丈夫かな?
臣)最初しかめっ面してたけどw
〇)わ、ほんと?
  だから静かだったのかな?
臣)でも今はご機嫌、
  〇〇に撫でてもらって。
犬)ワフッ♡
〇)あははは♡
  ごめんねー、匂いキツイよね?
犬)ワフッ♡
臣)〇〇に会えたから
  もうどうでもいいってさw
〇)えーー?w
 
 
可愛くすり寄ってくるルナに
私もスリスリと頬を寄せた。
 
 
〇)久しぶりだね、ルナ…、
  会えて嬉しい♡
犬)ワフッ♡
〇)あははは、くすぐったいw
臣)……久しぶり、だよね。
〇)え?
臣)自分で言ったじゃん、今。
  「久しぶり」って。
〇)あ…、…うん。
臣)……。
〇)……。
臣)なんで…会ってくんないの?
〇)……。
臣)全然来てくれねぇじゃん…。
〇)……。
臣)俺が不眠症で倒れてもいいの?
〇)…っ
 
 
少し口を尖らせて拗ねたような彼は
やっぱり甘え上手。
 
可愛くて、ずるいもん。
 
 
〇)……ごめんね…。
  なかなか時間が合わなくて。
 
 
なんて、嘘。
 
 
……だって…
これ以上一緒にいたら、
もっと彼を意識してしまいそうで、怖いから。
 
私はそんなことが許される立場じゃない。
 
 
臣)今日は…?
〇)…っ
臣)もう、閉店でしょ?
〇)……あ、
 
 
本当だ。もう22時だ。
 
 
〇)今日は…ダメだよ。帰らないと…。
臣)…っ
〇)家族が待ってるから。
臣)…っ
 
 
そんな切なげな目で…見ないで…。
……胸が苦しくなる。
 
 
臣)……ルナが…寂しがってるよ。
〇)…っ
 
 
登坂くんがそう言うと、
ルナは本当に目を潤ませて
寂しそうに私を見つめてきた。
 
 
〇)……旦那さんと子供が…
  寝た後でいいなら…、
臣)何時でもいい!!
〇)…っ
臣)〇〇が来てくれるなら何時でもいいから!
  ずっと待ってる!!
〇)…っ
 
 
そんなに…眠れないのかな…?
 
 
〇)わかった。
  じゃあ遅くなっちゃうけど…行くね?
 
 
少しためらいながら答えたら、
いつの間にか私は登坂くんの腕の中にいた。
 
 
臣)嬉しい…///
〇)////
 
 
ドキドキドキドキ、
鼓動が速くなって、熱くなる。
 
 
臣)ありがとう、〇〇///
〇)////
 
 
どうしよう…。
……ダメなのに。
 
こんな風に抱きしめられちゃ、ダメなのに。
 
 
臣)待ってるから///
〇)……(こくん)///
 
 
ダメってわかってるのに、頷いてしまう。
 
どうしよう。
どうしよう。
 
 
 
それから私は店を閉めて、家に帰って。
 
一通りの家事を済ませて
夫と子供が寝静まったのを確認してから
息を潜めるように、家を出た。
 
もし家にいないことがバレても
ちゃんと誤魔化せるような嘘まで
完璧に用意して。
 
 
……私、何してるのかな。
 
これって…浮気なの…?
違うよね?
 
だって…
私と登坂くんは…別に…何も…、、
 
 
……そうだよ。
私が勝手にドキドキしてるだけ。
 
そんなのも今だけだよ。
 
 
彼の不眠症が治れば
私はもう必要ないんだから。
 
 
彼が求めてるのは、私じゃなくて「安眠」。
ただそれだけ。
 
 
何度も自分にそう言い聞かせながら、
久しぶりの彼の部屋に、足を踏み入れた。
 
 
〇)遅くなってごめ…っ
 
 
言い終わる前に、抱きしめられて…
 
 
臣)ほんとに来てくれた…っ
〇)////
臣)ありがとう…っ
〇)……うん、///
 
 
強く強く、抱きしめられて…
ドキドキ音を立てる心臓に
必死にブレーキをかける。
 
 
臣)ベッド…行こ?
〇)……(こくん)///
 
 
添い寝するだけ。
添い寝するだけ。
 
彼が寝たら私はすぐ帰るんだから。
 
 
〇)……あ、あれ…?///
臣)はぁ…、……すげぇ落ち着く///
〇)////
 
 
どうして私が抱きしめられてるのかな?
 
 
〇)逆じゃ…ない?
  いつもは私が…
臣)これでいーのっ!
〇)…っ
臣)俺が抱きしめたいの、〇〇を。
〇)////
 
 
胸の音が聞こえないように、
気をつけなくちゃ…。
 
 
臣)ねぇ…。
〇)なぁに…?
臣)なんで花屋でバイトしてんの?
〇)どうしたの?急に。
臣)聞いてみたくて。
〇)……小さい頃からの夢だったの。
臣)へぇ!
〇)……バカにしてるでしょ…///
臣)ううん、してない、似合うなぁって。
  可愛い。
〇)か、可愛いの!?
臣)うん。
  将来の夢はお花屋さんです♡
  って言ってるミニ〇〇を想像したら
  可愛すぎた。
〇)勝手に想像しないで…///
臣)あはははw
 
 
登坂くんは笑いながら
その手は優しく私の頭を撫でていて…
私の胸はやっぱりまだ、ドキドキしたまま。
 
 
〇)……お花を渡すって…
  大事な気持ちを届けることと同じでしょ?
臣)え…?
〇)普段は言えないような気持ちも
  お花と一緒になら素直に伝えられたり…
臣)……。
〇)バレンタインでも誕生日でも
  クリスマスでも、母の日でも。
臣)…っ
〇)お花を渡すその先に、
  きっとみんな、大事な人の笑顔を
  思い浮かべてると思うの。
臣)……うん。
〇)そんな素敵な瞬間のお手伝いが出来るって
  幸せだなぁって思って…。
臣)うん…。
 
 
登坂くんはゆっくり相槌を打ちながら
また私をぎゅっと抱きしめた。
 
 
〇)どうして…ぎゅってするの…?///
臣)……愛しいから。
〇)えっ…
 
 
愛しい…って、……私が?
 
 
臣)ありがとう。
〇)え…?
臣)〇〇の仕事は人を幸せにしてると思うよ。
〇)…っ
臣)その笑顔で癒されてる人もいるし…
  さっき言ったみたいに。
  〇〇に背中を押されて
  素直に気持ちを伝えることができた人も
  たくさんいると思う。
〇)…っ、
 
 
登坂くんがそう言ってくれて…。
 
その言葉に、私は胸を打たれたように
感動してしまった。
 
 
臣)……なんで泣きそうになってんの。
〇)だって…///
 
 
登坂くんがそんな嬉しいことを
言ってくれるから。
 
 
〇)ありがとう…///
臣)だからありがとうは俺だってw
〇)……どうして?
臣)んー?……ひみつw
〇)なぁにそれーー!
臣)あはははw
 
 
登坂くんは嬉しそうに笑って
また私の頭を撫でてくれた。
 
 
〇)登坂くんは…
臣)それ、やだ。
〇)えっ…
臣)「登坂くん」って、やだ。
〇)…っ、……ルナくんの方が…良かった?
臣)ちげーよ!w
  なんで今更そこに戻んだよ。
〇)えっ…
 
 
じゃあどうすれば…
 
 
臣)「臣」って呼んで。
〇)…っ
 
 
そう言われた私は、
それを素直に聞き入れることが出来なかった。
 
 
……だって…
そんな風に呼んだら…
 
今よりもっと、気持ちを引っ張られそうで……
 
 
臣)呼んで。
〇)どうして…?
臣)……。
 
 
言うことを聞かない私に、
登坂くんはゆっくり起き上がって…
 
私の身体を跨ぐようにして、私を見下ろした。
 
 
臣)呼んで?
〇)////
 
 
……逆らえないような…この体勢は、
一体、何?
 
 
臣)呼んで、〇〇。
〇)////
 
 
ダメ。
意識しちゃダメ。
 
 
〇)登坂くん、で…いいじゃない。
臣)やだ。
〇)どうして?
臣)理由なんか…いいじゃん…。
〇)…っ
 
 
そう言った唇が…
私の耳に触れそうなくらい、
近いところまで下りてきた。
 
 
臣)呼んで?
〇)////
 
 
耳にかかる息…。
 
優しく響く声…。
 
 
……こんなの、もう…、逆らえない。
 
 
〇)…っ
臣)……。
〇)……お、…み///
 
 
目をぎゅっと瞑ったまま、
小さく呼んだら…
 
彼は何も言ってくれなくて。
 
 
ゆっくり目を開いて、確認したら…
 
 
臣)////
 
 
すごく嬉しそうな
照れたような表情を浮かべて
私を見つめる彼がいた。
 
 
〇)////
 
 
どうしよう。
……まるで、胸を鷲掴みにされたような気分。
 
 
臣)……可愛い///
〇)え!?///
臣)すげぇ可愛い///
〇)////
 
 
彼は本当に嬉しそうで…
たまりかねたように
優しく私の頬をそっと撫でた。
 
 
臣)もっかい…呼んで…?///
〇)////
 
 
見つめられるだけで、頬が焼けそう…。
 
 
〇)お…、み…、///
臣)////
 
 
どうして…?
 
……どうして名前を呼ぶだけで
そんな顔をするの?
 
 
臣)……ほんと可愛い…、どうしよう…///
〇)きゃ…っ///
 
 
まるで愛おしい宝物を抱きしめるようにして
優しい腕の中に、包まれた。
 
 
……こんなの、無理だよ…。
ドキドキしないなんて…、無理だよ。
 
 
〇)…ほ、ほらっ…、早く寝なさい///
 
 
胸の高鳴りを必死に隠すように
そう言ったら…
 
彼は拗ねたように口を尖らせた。
 
 
〇)そんな可愛い顔して…、ずるい///
臣)は??
  可愛いってなんだよ。
〇)だって…可愛いもん…。
  お…み…は、甘え上手だよね。
臣)んなことねーし。
  子供扱いばっかしてないで
  男として見てよ、俺のこと。
〇)…っ
 
 
どうして…
そんなこと…言うの…?
 
 
彼を異性として
意識する女性なんてたくさんいるだろうし
彼はそれを求めてないってわかってた。
 
だから私は…、
 
 
臣)男なんだよ。
〇)////
 
 
真っ直ぐに見下ろされて…
私は逃げるように視線を逸らした。
 
 
〇)だって…!
  臣…のこと…、知らない方が
  良かったんでしょ?
臣)…っ
〇)既婚者の方が都合が良かったんでしょ?
  …なのにどうして…っ
臣)最初はそうだったけど今は違う。
〇)…っ
臣)今は…違うんだよ。
 
 
必死に気持ちを抑えてるのに…
そんな目で、私を見ないで。
 
 
臣)ちゃんと見ろよ、男として、俺のこと。
 
 
切なげな声は
色気と憂いを帯びて、私の耳を侵していく。
 
 
〇)……お…、み///
 
 
また近付いてくる身体を、
両手で押し上げようとしたら…
 
力で敵うはずなんて、なくて。
 
 
私はまた、彼に強く抱きしめられていた。
 
 
臣)そう呼んでくれんの…すげぇ嬉しい///
〇)…っ
臣)もっと…呼んで。もっと…聞きたい。
〇)////
臣)……ね、お願い。
 
 
耳元で甘えるように囁かれて…
 
 
〇)……臣、///
 
 
そう呼ぶたびに、
気持ちが溢れ出しそう。
 
 
臣)〇〇…、///
〇)////
 
 
そんな愛おしそうに、呼ばないで…
私の名前を。
 
 
臣)〇〇、///
〇)////
 
 
彼の手は相変わらず
優しく優しく、私の頬を撫でていて…
 
その綺麗な瞳は
熱を宿して、真っ直ぐに私を見つめてる。
 
 
ゆっくりと吸い寄せられるように
近付いてきた唇を、
避ける術なんて、なかった。
 
 
……だって…、
 
私が、それを望んでたから。
 
 
こんな甘い気持ちに包まれて…
そのまま欲しくなってしまっていたの。
 
彼の、キスを。
 
 
臣)////
〇)////
 
 
一度、離れた唇。
 
見つめ合う瞳。
 
 
しばらく視線を重ねた後、
私たちはどちらからともなく唇を開いて…
 
また吸い寄せられるように、キスをした。
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
ダメだってわかってる。
わかってるから…
 
必死に、キスだけにとどめたんだ。
 
 
本当は欲しかった。
その先が。
 
もっと欲しかった。
〇〇のことが。
 
 
でもダメだ。
わかってる。
 
 
必死に理性を働かせて
自分にブレーキをかけて…
 
でもあふれる気持ちはとめどなくて…
俺たちは何度も夢中でキスをした。
 
 
……同じ気持ち…なんだろうか…。
 
 
そんな期待まで、抱いてしまうほどに…
 
彼女とのキスは、甘くて、甘くて、
幸せだった。
 
 
ためらいがちに俺を「臣」と呼ぶその声は
あまりに色っぽくて…
 
可愛くて、たまらないんだ…。
 
 
〇)……も…、…ダ…メ…///
臣)なんで…?
〇)帰れなく…なっちゃう…
臣)帰るなよ。
〇)…っ
臣)帰さない。
〇)////
 
 
俺はベッドの中、
そのまま彼女を腕の中に閉じ込めて…
 
朝が来るまで、離さなかった。
 
 
 
それから俺たちは
会うたびにキスを重ねるようになって…
 
 
彼女は添い寝だけして
すぐに帰ってしまう時もあったけど…
 
できる限り、俺と一緒にいてくれた。
 
 
不眠症は治ったとはいえ、
やっぱり一人で眠るのと、
彼女を抱きしめて眠れるのとでは
全然違って。
 
彼女のぬくもりを感じられる夜は
眠るのがもったいないくらい、
俺はその幸せを噛みしめた。
 
 
「好き」だなんて言わない。
「好き」だなんて言えない。
 
 
でも、消せない気持ちは
切ないくらいにどんどん募っていく。
 
 
このまま降り積もっていったら
どうなるんだろう。
 
いつか雪みたいに溶けて消えたり
するんだろうか。
 
 
……そんなこと、あるはずがない。
 
 
〇〇を想うこの気持ちは
もう一生俺の中から消えることはない。
 
そう確信できるほど、
俺の〇〇への想いは日々確かなものへと
変わっていった。
 
 
この恋に、未来なんてない。
それはわかっているのに。
 
 
〇)今日は…すぐに帰らないと…。
臣)…ルナが行かないでって…言ってる。
〇)…っ
 
 
俺の気持ちはルナに代弁してもらうばかりで
自分で言葉になんて出来るわけなくて。
 
 
臣)寂しいって言ってるよ。
犬)くぅぅぅん……
〇)……。
 
 
彼女はルナの頭を撫でた後、
立ち上がって俺の頬をそっと撫でた。
 
 
〇)寂しがってるのは…ルナだけ…?
臣)…っ
 
 
俺が寂しいって言ったら…
側にいてくれんの…?
 
そんなわけない。
〇〇には家庭があるんだから。
 
 
〇)……臣、
臣)……。
 
 
彼女が俺をそう呼ぶたびに
嬉しさと切なさが胸にこみ上げる。
 
 
〇)……ごめん…ね?
臣)…っ
 
 
それは、何に対して…?
 
 
〇)週末…なら…、ゆっくりできるよ…?
臣)え…?
〇)家族が…田舎に帰るから。
臣)〇〇は行かないの?
〇)うん。
臣)…っ
 
 
胸が期待に弾む音がした。
 
 
臣)じゃあ…うち来てくれるの…?
〇)臣が…望むなら。
臣)来て。
 
 
俺は迷わずそう言った。
 
 
臣)一緒にいたい。
 
 
縋るように、その柔らかな髪に触れて。
 
綺麗なまつ毛が伏せられていくのを見届けて、
その唇にそっとキスをした。
 
 
キスをする度に、
気持ちが通じ合ってる気がする。
 
 
でも、どちらも言わない。
「好き」だとは。
 
言えるわけがないことは、わかってるから。
 
 
だからその分も、キスで埋め合うように…
 
夢中で互いの唇を求めるんだ。
 
 
 
それから約束の週末、
俺は少しでも彼女と一緒にいたくて、
仕事を全部調整してもらって
二日間、ほぼオフな状態にしてもらった。
 
 
昼間はルナも一緒に少し遠くの公園に出かけて
走り回ったりして…
 
疲れて帰ってきたら〇〇が
美味しい料理をパパッと作ってくれて。
 
 
〇〇が俺の彼女だったら
こんな感じなのかな、とか…
 
叶いもしない夢を、思い描いたりした。
 
 
〇)ふふふ、臣ってばーー
  ちゃんと噛んで食べてね?w
臣)だって美味いんだもん。
〇)もぉーーーw
 
 
相変わらず俺のことを子供扱いするけど…
そんな〇〇もたまにおっちょこちょいなんだ。
 
 
臣)ほーら、危ないって。
  届かない時は俺呼べよ。
 
 
高い棚に食器をしまおうとして
一生懸命背伸びをしてる彼女を
後ろから支えた。
 
 
〇)ありがとう、///
 
 
どさくさに紛れて、そのままハグをして。
 
 
一番最初にここでハグした時、
彼女が真っ赤になったのをふと思い出した。
 
 
〇)臣、いつまでこうしてるの?///
 
 
全然離そうとしない俺を、
困ったように振り返ったその顔も可愛くて。
 
 
臣)キスしてくれたらいいよ。
〇)えっ…
臣)そしたら離してあげる。
〇)////
 
 
こんな風に〇〇を困らせるのも、
いつものこと。
 
だって、反応が可愛くて。
 
 
〇)困ったな…、///
臣)何が?
〇)キス…してもいいけど…
  ずっとハグもしてたいの///
  ……贅沢…でしょ?///
臣)////
 
 
こうやって…可愛いことを言って
俺をメロメロにしてくるのも、いつものこと。
 
 
ピロリロリロ♪ピロリロリロ♪
 
 
〇)あ…っ
 
 
その時。
 
 
俺たちの幸せな時間を引き裂くように
彼女の携帯が鳴った。
 
 
〇)……ごめんね、
 
 
彼女は気まずそうにそう言って
窓際で電話に出た。
 
 
相手は旦那だろう。
なんとなく、そんな気がして…
 
俺は会話が聞こえないように
一人で寝室に入って、その扉を閉めた。
 
 
………なんだよ。
 
普段好きなだけ〇〇を独り占めしてるくせに。
 
 
今日くらい…
 
今日くらい…
俺のことだけ考えていて欲しかった。
 
 
なんで電話してくんだよ…。
 
 
臣)はぁぁぁ……。
 
 
自分勝手な考えばかりが
頭の中を支配していく。
 
 
どうして彼女は既婚者なんだろう。
 
今の旦那より
俺の方が早く出会ってたら…
 
俺との未来も、あったんだろうか…。
 
 
〇〇の笑顔に心癒されて…
そんなことも忘れた数年後に再び出会って、
また癒されて。
 
俺はこんな出会い、運命だと思ってる。
 
 
〇〇じゃなきゃダメなんだ。
 
……好きなんだよ、こんなに。
 
 
……ガチャ。
 
 
臣)…っ
 
 
ドアが開く音に顔を上げたら、
困り笑いを浮かべた彼女が
ゆっくりとこっちに歩いてきた。
 
 
〇)ごめんね…。
臣)ううん。
〇)別に用事じゃなかったみたい…。
臣)え…?
〇)寂しかったんだって…。
臣)は??
〇)普段そんなこと言う人じゃないのに…
  どうしたんだろう…。
臣)…っ
 
 
意味がわかんねぇ。
 
寂しくて電話してきただけ?
なんだよそれ。
 
普段、散々〇〇と一緒にいるくせに。
それが許される立場で…
好きなだけ〇〇を独占できるくせに。
 
 
〇)臣…?
 
 
枕から顔を上げない俺の頭を
彼女の手が、優しく撫でていく。
 
 
臣)……見ないで。
〇)…っ
臣)たぶんひどい顔してっから。
〇)え…?
臣)嫉妬に狂いそうな顔。
〇)…っ
 
 
心配そうに顔を覗いてくる彼女に
そう言って…
 
俺は優しいその手を、押しのけた。
 
 
臣)触んないで。
 
 
……好きすぎて、苦しい。
 
 
どんなに望んでも、手に入らない。
叶うことのない、この想いが。
 
 
〇)……お…、み…、
 
 
そんな声で…俺を呼ぶなよ…。
 
 
〇)……ね、臣…。
臣)…っ
 
 
ためらいがちに肩に触れたその手を、
俺は思わず掴み取った。
 
 
臣)触るなって…言ったじゃん…
〇)…っ
 
 
そのままベッドの上に、彼女を押し倒した。
 
 
臣)俺が…どんだけ我慢してるか…
  知ってる…?
〇)…っ///
 
 
こんなに好きで、好きで、触れたくて。
 
 
臣)いつもいつも、キスだけで…
  必死に抑えてんだよ…。
〇)////
 
 
本当は、俺のものにしたい。
〇〇の何もかも、その全てを。
 
 
臣)欲しくて…仕方ないのを…
  必死に…、
 
 
そう言いながら、涙がこぼれてきた。
 
 
〇)…っ、お…み…、っ
 
 
俺の名を呼ぶ甘い唇を、キスで塞いで。
 
 
臣)好きすぎて…狂いそうなんだよ…っ!
 
 
……遂に、口にしてしまった。
 
言ってはいけない、その言葉を。
 
 
……もう、抑えられなかった。
 
 
抱きしめてる彼女の身体は
小さく震えていて…
 
 
……俺の耳に、頼りなく届いたのは…
か細い、泣き声だった。
 
 
〇)臣が…、…す…き…っ
 
 
確かにそう聞こえて、顔を上げたら…
 
 
〇)……臣が好き…っ!
 
 
彼女も泣いていた。
 
 
俺と同じように涙をこぼして…
俺と同じように、
その言葉を口にしてしまった。
 
 
臣)〇〇…っ、
〇)臣…っ!
 
 
……その日、俺たちは初めて…
 
心も身体も、結ばれた。
 
 
熱く深く、繋がって…
確かなぬくもりを、感じ合って。
 
 
それを何度も何度も、確かめ合って。
 
 
手に負えないほどに、幸せだった。
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
初めて結ばれた夜から、
私たちは、何度も何度も、愛し合った。
 
会うたびに、お互いを求めて、止まらなくて。
 
 
添い寝だけだから浮気じゃない…
なんて言い訳してた頃の自分が、嘘みたい。
 
 
もう、わかってる。
 
どうやったって誤魔化せないくらい
私たちの今の関係は
「罪」と呼ばれるものだって。
 
 
でももう、抑えられないの。
 
 
だって…
ずっと、我慢してた。
 
好きだなんて言えない。
言っちゃいけない、って。
 
 
でも私たちは、その線を、超えてしまった。
 
 
想いを言葉にしてしまった。
伝え合ってしまった。
 
……そして、心も身体も、結ばれてしまった。
 
 
一線を超えてしまったら
もう何もかも、戻れない。
 
好きな気持ちは加速するばかり。
 
 
〇)臣…、もう…ダメ、///
臣)無理…。
〇)////
 
 
長めに一緒にいられる日は、
臣は私を離してくれない。
 
 
〇)……あ、…ダ…メ///
臣)やなの?
〇)…っ
臣)ねぇ。
〇)あっ…、ダメだってば…///
臣)ダメとかじゃなくて…
  嫌かどうか聞いてんの。
〇)……そんなの、ずるい…///
臣)嫌なの?〇〇。
〇)////
 
 
色気を含んだ甘い声で
色気を纏った甘い瞳で
 
臣は私を、骨まで溶けるくらい
愛してくれる。
 
 
臣)……可愛い、〇〇///
〇)////
臣)好きだよ、愛してる…。
〇)////
 
 
幸せすぎて、泣きたくなるの…。
 
 
こんな気持ち、知らなかった。
臣に会うまで、知らなかった。
 
 
ただただ平凡に暮らしていただけの
そんな私に
 
突然舞い降りてきた、甘い幸せ。
 
 
〇)臣、大好き…、愛してる///
臣)……ん、///
 
 
離れられるわけが、ないよ…。
 
 
私の臣への想いは、日に日に増していって…
臣と愛し合う時間が、何より幸せで。
 
 
私はもう、何も考えられないくらい…
臣との愛に、溺れていった。
 
 
夫)聞いてる?
〇)ああ、うん。
 
 
家族で食事をしていたある日、
夫がふと寂しそうに、私を見つめてきた。
 
 
夫)お前の心は最近…
  一体どこにあるんだろうな…。
〇)…っ、…何…言ってるの?w
 
 
笑顔でごまかしたけど…
ちゃんと笑えているのかも自分でわからない。
 
 
夫)俺が好きなお前の笑顔は…
  そんなんじゃないよ…。
〇)…っ
 
 
その悲しげな顔に、胸が痛む。
 
どうしたらいいの?
 
私は…家族も大切だけど…
……でも。
 
 
今の私はもう、
臣と離れることなんて、出来ない。
 
こんなに深く、愛してしまったから。
 
 
夫)俺のこと…まだ愛してる…?
〇)……もちろん、愛してる。
 
 
家族として、大切に思ってる。
 
 
夫)子供のことは?
〇)愛してるわ。
 
 
子供は私の宝物。
そう思ってた。
 
誰より何より大切って、
ずっとそう思ってた。
 
思ってたはずなのに…
 
 
私が今、この世で一番愛してるのも
一番大切なのも…、
 
いつの間にか、臣になってしまった。
 
 
その事実に、涙があふれて、止まらない…。
 
 
夫)どうして…泣くの…?
〇)…っ
 
 
私はもうそれ以上、
何も話すことが出来なくなって…
 
ただ、ずっと、泣き続けた。
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
臣)どうした…?元気…ない?
〇)……(ふるふる)
 
 
最近の〇〇はいつもこうだ。
 
 
俺と一緒にいても、ふと気付けば
泣き出しそうな顔をしてる。
 
 
〇)臣のことが…大好きなの…。
臣)うん…。
〇)こんなに…好きになって…ごめんね…?
 
 
そう言って、俺の腕の中…
身体を震わせて泣いている〇〇。
 
その「ごめんね」は…誰に対して…?
 
 
臣)……。
 
 
わかってる。
〇〇を苦しめてるのは俺なんだ。
 
 
「家族が災いなく健康に暮らせることかな。
 多くは望まないよ。それだけで、幸せ。」
 
 
初めて出会った日、
〇〇はそう言ってた。
 
〇〇の幸せな日常を壊したのは、俺なんだ。
 
 
俺と愛し合えば愛し合うほど
〇〇は罪の意識に苦しんでしまう。
 
 
……でも。
それがわかっていても、
俺はもう〇〇を手放せない。
 
どうしようもないくらい、
こんなにも愛してしまったから。
 
 
臣)……俺、最低だな…。
〇)え…?
臣)……愛してる。
〇)…っ
臣)愛してるよ、〇〇。
〇)……お…み…、っ
 
 
最低だってわかってる…。
それでも。
 
どんなに罵られようと蔑まれようと…
この想いは消せないんだ。
絶対に。
 
 
臣)〇〇。
 
 
俺は彼女の手を取って
その綺麗な瞳を真っ直ぐに見つめた。
 
 
臣)俺のものになって。
〇)…っ
臣)全部全部、俺が責任取るから。
  引き受けるから。
  だから…、……頼む、
  俺のところに来て、〇〇。
〇)…お…み、っ…
 
 
悪いのは、俺だから。
罪は全部、俺が一人で背負うから。
 
 
臣)全部捨てて、俺と生きて…。
〇)…っ
 
 
〇〇はぽろぽろと涙をこぼして
俺にしがみついた。
 
 
臣)愛してる、〇〇…。愛してる…。
 
 
俺は何度もそう繰り返して…
 
自分の愛情全てを〇〇に注ぎ込むように
何度も何度も、〇〇を愛した。
 
 
時間も忘れるほどに抱き合った翌朝。
 
彼女は本当に全てを捨てて、
俺の元へ来てくれた。
 
 
ずっと〇〇を独り占めしたくて
狂いそうだったのに…
 
いざそれが叶うと、
こんなに切ない気持ちになるなんて。
 
 
でも、後悔させないから。
絶対に、幸せにするから。
 
 
 
 
……
 
 
 

 
 
 
〇)……あ、起きた…?
臣)……。
 
 
〇〇の優しい声が頭の上から聞こえてきて…
 
 
犬)ワンワンっ♪
 
 
庭からはルナの楽しそうな声が聞こえる。
 
 
〇)臣はほんと…朝弱いねw
 
 
頭を撫でてくれるその手が気持ち良くて
俺はまたゆっくりと目を閉じた。
 
 
〇)……可愛いなぁ…。
臣)可愛いって何。
〇)あれ、まだ起きてたの?///
臣)起きてるよ。目ぇ閉じてるだけ。
〇)……臣の寝顔が…可愛いなぁって。
臣)……じゃあぎゅってして。
〇)わっ…///
 
 
ベッドを背に座ってる〇〇の膝の上に
無理やり頭を乗せて、抱きついた。
 
 
〇)出た出た、甘えん坊。ずるいやつ///
臣)なんだよそれw
〇)可愛くて、ずるいんだもん///
 
 
そう言いながらも、その声は嬉しそう。
 
 
〇)私ね、初めてだったの…。
臣)……何が…?
〇)男の人のこと…、こんな風に…
  可愛いなって思ってキュンとしたり…
  愛しくて仕方ない気持ちになるの…。
臣)……。
〇)何があっても守りたいって、
  そう思うくらい大切に感じるのも。
臣)……。
〇)臣のこの笑顔は、私が守るんだ…♡
臣)……///
 
 
幸せそうに微笑むその姿が愛しくて。
 
 
臣)子供扱いすんなって言ってんだろ///
  守るのは俺だし!
〇)えー?w
 
 
俺は起き上がって、
〇〇をグイッと膝の上に乗せた。
 
ビーチから吹く潮風が
窓から心地良くそよいでる。
 
 
臣)抱いていい?
〇)えっ…
 
 
俺の言葉に、〇〇の頬は
みるみる赤く染まっていく。
 
 
〇)ずるい///
臣)何がw
〇)そうやって急に…
  男らしくなるの、///
  さっきまで子供みたいに可愛かったのに…
  …っ、きゃっ!///
 
 
ドサッ
 
 
臣)お前が勝手に子供扱いしてんだろ?
〇)////
臣)どうすんの?
  抱かれる?抱かれない?
〇)////
 
 
俺の意地悪な質問に
〇〇は答えを出さずに…
 
 
〇)……臣、大好き、///
 
 
ただそう言って、
俺の首に腕を回してきた。
 
 
臣)////
 
 
相変わらず可愛すぎて、困る。
 
 
臣)……じゃあ遠慮なく抱くから。
〇)////
 
 
さっきまで涼しいと感じていた部屋の中も
二人が愛し合えば、一気に熱が上がって。
 
気付けば汗を流しながら
ただただ夢中で、身体を重ねてる。
 
 
〇)臣、愛してる、愛してる…っ///
臣)俺も愛してるよ、〇〇、っ…
 
 
幸せすぎるこんな時間が
永遠に続けばいい。
 
 
俺たちが犯した罪は一生消えることはないし…
 
〇〇は俺のために全てを捨てたことを
今でも忘れていないし
 
その苦しみだって、しっかり残ってる。
 
 
でも、だからこそ。
 
その分も俺は…
命をかけて、〇〇を守りたいんだ。
幸せにしたいんだ。
 
 
臣)……渡したいものがあるんだけど。
〇)え…?
 
 
俺に愛されすぎて
ベッドの中でくたーっとしてる〇〇は
ぼんやりとその目を開いた。
 
 
臣)……はぁ、可愛いなぁ…///
〇)え?
臣)また抱きたくなってくる。
 
 
そう言ってその頬にキスを落とせば…
 
 
〇)今はもう…無理だよ…///
 
 
〇〇は恥ずかしそうにシーツに潜り込んだ。
 
 
臣)マジで可愛い。なんなの?///
〇)やーっ、めくらないでー!///
臣)ダメ。可愛いからお仕置き。
〇)やんっ!///
 
 
柔らかい素肌を抱きしめて、
腕の中に閉じ込めて。
 
この幸せを、噛みしめる。
 
 
臣)……やっぱもっかいする?///
〇)しないよ!///
臣)じゃあ昼食べたらしよっか。
〇)……うん、///
臣)後でならいいんかい!w
〇)だって!///
 
 
〇〇は照れたように俺にしがみついてきて…
 
 
〇)臣に愛されるの、
  すごくすごく…幸せだもん///
 
 
甘えた声で、そう呟いた。
 
 
臣)////
 
 
……はぁ、ほんと可愛すぎて困る。
何年経っても、〇〇は可愛い。
 
 
〇)渡したいものって…なぁに?
臣)んー、…じゃあそろそろ起きよっかw
 
 
二人で仲良くシャワーを浴びて
白いシャツを羽織って。
 
 
犬)ワンワン!♪
臣)お、来たなルナ。
 
 
尻尾を振ってご機嫌なルナに
合図を送ったら、
 
ルナがそれを咥えて持ってきてくれた。
 
 
〇)わっ、どうしたの?これ!///
臣)はい、どうぞ。
〇)////
 
 
ルナから受け取ったのは
〇〇が大好きな花の、大きな花束。
 
それを差し出すと、
〇〇は嬉しそうに顔を綻ばせた。
 
 
俺が好きになった、この笑顔。
 
 
〇)どうして…?
臣)今日、なんの日か知らない?
〇)え…?……ええと…
  え?母の…日?
臣)うん。母の日だけど、
  それだけじゃない。
〇)え?
臣)俺たちが、出会った日。
〇)え?
 
 
目を丸くしてる〇〇は
なんのことか全然わかってない。
そりゃそーだ。
 
 
俺と出会ってくれてありがとう。
 
想い合えたことの奇跡に感謝して、
この気持ちを贈ります。
 
 
〇)カードも…臣が書いてくれたの…?
臣)俺の字でしょw
〇)うん…っ
 
 
〇〇の目からこぼれる綺麗な涙を
そっと拭った。
 
 
臣)これから先も、ずっとそばにいて。
  愛してるよ、〇〇。
 
 
出会った時から
俺の心を掴んで、離さない。
 
 
花が咲いたように笑う
その眩しい笑顔を…
 
ずっとずっと大切に、守っていくから…。
 
 
 
 
 
 
ーendー

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