[94]❀❀フェス(谷本さんSide)

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今日は日曜日。❀❀フェス。

昨日の今日で♡さんに出演させるなんて
急すぎだけど

これはもうずっと前から決まっていたこと。
俺と松浦さんの間では。

 

♡さんの芸名も決まって
松浦さんはちょこちょこ♡さんを
SNSに載せるし

今日のLIVEが終われば
最終的に口説きにかかるんだと思う。

今月いっぱいに返事をくれるように
頼んであったし。

 

♡さんはどうするつもりなんだろう。

もちろんうちからデビューしてくれるのが
彼女を見つけた俺としても、一番嬉しい。

でも以前から俺の勘が言ってる。
彼女はこの道を選ばないって。

でも。
それでも。

可能性がゼロじゃないから
やっぱりどこかで期待してしまう。

 

♡)おはようございます。
谷)おはよう…ございます。

 

♡さんの自宅まで迎えに行くと…
いつものような元気がなくて…

こんな♡さんは初めてだ。

 

谷)昨夜はゆっくり休めましたか?
♡)……

 

急にLIVEでやる曲を選ばされて
その歌詞を覚えてって…

そりゃー寝れないか。

 

谷)本当に今回は急ですみません。
♡)いえ……
谷)体調は大丈夫ですか?
♡)はい。あの……
谷)ん…?
♡)着くまで…寝ててもいいですか?
谷)ああ、もちろん!いいですよ!

 

彼女はそう言うと
後ろの席でスヤスヤと眠りに落ちた。

やっぱり睡眠不足なのかな?
大丈夫だろうか。

 

M)なんか先輩、今日元気なくて…
谷)ですよね…

 

いつも眩しいくらいの笑顔で
笑いかけてくれる♡さんだから
そのギャップに心配になってしまう。

 

会場に着いても目を覚まさない眠り姫。

少しでも寝かせてあげたくて
俺はMさんと一緒に
先に挨拶と準備を始めた。

 

谷)これ、今日の音源です。
男)あいよ!
  リノアちゃんは大丈夫かい?
谷)ああ、ええと…ハイ。
男)でもピンチヒッターの姫ちゃんって子も
  めちゃくちゃ可愛いね?
  楽しみにしてるよ!
谷)はい、よろしくお願いします!!

 

今までで一番広い会場。

今日このステージに歌姫が立つのかと思うと
楽しみすぎてゾクゾクしてしまう。

 

リノアには申し訳ないけど…

「実力のある奴にチャンスを与える。」

松浦さんがいつも言っていること。

 

松浦さんは♡さんの才能に惚れ込んでるから
彼女のためならいくらでもそういう場を
用意したいんだと思う。

もちろん、俺も。

 

昨日の彼女も、本当に素晴らしかった。

演歌を歌った時なんて鳥肌が立ったし。

いつも無邪気で可愛い彼女が
歌う歌によって一気にその表情を変えて
別人のようになる。

 

優しく包み込むような癒しの声になったり…
切なく歌い上げる情熱的な声になったり…

声色も自在に変わるし。

 

谷)ふぅ……

 

今日のステージも本当に楽しみだな。

 

ワゴンに戻って
新しく用意した衣装を取り出すと
ようやく♡さんが目を覚ました。

 

♡)あ……、
谷)おはようございますw
♡)もう…着いたんですね。
谷)はい。

 

♡さんは眠たそうに目をパシパシさせて
車を降りた。

 

谷)あの、これ……
♡)え…?
谷)今日の衣装です。
♡)えっ!私、持ってきてますよ!
谷)え?
♡)谷本さんがくれた、七色の…
谷)ああ。

 

俺が前にあげた七色のワンピース。

すごく可愛いし似合ってて
♡さんも気に入ってくれてるけど…

たまには違う衣装を着させろっていう
ボスからの命令なんで…

 

谷)また♡さんに似合いそうな
  新しいワンピース見つけたんですよ!
M)可愛い〜〜〜!♡
谷)今日はこっちを着てもらえませんか?
♡)でも…
谷)気にしないでください。
  今回は経費ですから。
♡)……ふふっ、わかりましたw

 

♡さんはやっと笑ってくれて…

 

♡)わぁ!可愛い♡♡

 

ワンピースを広げて自分にあてがうと
もっと素敵な笑顔を見せてくれた。

 

♡)すっごく可愛いです!谷本さん!
谷)はい♡
♡)嬉しい〜〜!♡
  ありがとうございますっ♡♡
谷)ふふふw

 

良かった。
少しは元気になったかな?

新しいワンピースは
真っ白なレースに
淡いブルーの花が散りばめられた
夏らしいデザイン。

フェス映えすると思って一目で決めた。

 

谷)じゃあ行きましょうか。
♡)はいっ♡

 

衣装を抱えてニコニコな♡さんを連れて
関係者各位にご挨拶。

 

♡)おはようございます!♡
  よろしくお願いします!♡

 

笑顔を振りまいて挨拶するのなんて
この世界じゃ常識だけど

♡さんの場合は
本当に相手をメロメロにしてしまうから
面白い。

 

男)谷ちゃん…
  めちゃめちゃ可愛いじゃん、あの子///
谷)はいw
女)写真より実物の方が可愛いわね///
谷)ありがとうございますw

 

可愛いだけの子ならゴマンといるこの世界で
♡さんはやっぱり何か違うものを持ってる。

 

それからステージで簡単な確認とリハをして。

 

男)ちょ、めちゃめちゃいいじゃん!
  あの子の声!///
谷)ふふふw
女)すごい子連れてきたわね!!
谷)はいw

 

ああ、本番が楽しみで仕方ない。

 

♡)谷本さん見てぇ♡
  着替えた〜〜♡

 

控え室から飛び出してきた♡さん。

たまにこうして敬語が抜けて
フランクに甘えてくれるところも可愛い。

 

谷)似合ってますよ。
M)先輩可愛い〜〜〜!
♡)わーーいっ♡

 

彼女がふわりと回って見せると…
周りにいる人たちはその姿に釘づけになった。

人を惹きつけて視線を集めてしまう
これも彼女の天性の才能。

 

♡)もう一回歌詞を覚えておこうっと。

 

そう言って彼女はまた
控え室に戻っていった。

 

今回、♡さんはオープニングアクトで…
言い方は悪いけど前座的な感じ。

目当てのアーティストが出るまで
こんな朝早くから
会場入りしないお客さんもいる。

でも…

昨日松浦さんがあんな告知をしたおかげで
早い時間なのにいつもよりは
客席が埋まってる、かな。

 

昨日の夜、♡さんから送られてきた曲目は
切ない歌詞の曲ばかりで…

うち縛りにしたせいか?
いや、でも…明るい曲もいっぱいあるよな?
って…少し戸惑ったけど。

でもそういう歌の方が
彼女のギャップがわかっていいかもなんて
そのまま了承した。

オープニングアクトにしては
物悲しい世界観になりそうだけど。

 

ス)そろそろスタンバイお願いしまーす!
谷)♡さん、いいですか?
♡)はいっ♡

 

開演10分前。

ステージ袖から客席を見て
♡さんは俺の腕をパシパシ叩いてきた。

 

♡)谷本さん!すごくいっぱいいます!
谷)そうですねw
M)すごいすごい〜〜!
♡)わぁぁぁ……
谷)緊張しますか?
♡)えへへ、ちょっぴり///
谷)……//

 

可愛いなぁ。

 

男)おい、音源どうした!
男)さっきここに置いたはずなんですけど…汗
男)あと10分だぞ!
男)おかしいな…なんで…
男)どうしたんすか?
男)姫の音源がないんだよ。
男)えっ!!

 

ざわざわと騒ぎ始めるスタッフ。
音源がないって…

 

谷)あの…確かにお渡ししましたよね?
男)はい!間違いなく!

 

音源がなくなるなんて、聞いたことない。

 

男)おい!探せ!
男)はいっ!!

 

スタッフさんがみんな必死に探してるけど…

 

♡)ないん…ですか…?
M)うそ…なんで…
谷)くそ…っ

 

時間はもうあと5分。
今から用意するには無理がある。

 

男)どうすんだよ!
  オープニングからこんなんで!
男)すいません!!!

 

音響担当のスタッフが怒鳴られた
その時だった。

 

♡)すみません、あの…っ!
男)ん?
♡)音、なくていいです!
谷)ええっ!!!

 

思わず、声を出してしまった。

 

男)なくていいって…
♡)ないものは…仕方ないし…
  スタッフさん責めないでください。
男)…っ

 

仕方ないって…
どうする気なんだ?

 

♡)音がなくても…
  普通に歌っていいんですよね?

 

♡さんはそう言ってニッコリ笑うと…

マイクを受け取って、白いワンピースを翻し
そのままステージに向かった。

 

谷)…っ
男)あの子…どうする気なんだ…?!
谷)あの…っ、キーボードとか
  何かないですか?!
男)え?!
谷)キーボードがあれば…っ

 

♡さんが弾き語りできる。

今日は瞬くんもいないし
ギターで助けてくれる人もいない。

せめて…キーボードか何か…

 

客)ひめぇ〜〜〜〜!!
客)可愛い〜〜〜!!♡♡

 

♡さんがステージに出ると、
大歓声が彼女を包んだ。

 

スタッフみんなが固唾を飲んで見守る中、

♡さんは中央でピタッと止まると、
客席にペコリと頭を下げて
自己紹介をした。

 

そして…

 

♡)えっと…
  私今日、音源を忘れてきてしまって…
  アカペラで歌ってもいいですか?

 

そう言った。

 

客)え…?
客)アカペラ…?

 

ざわつき始める観客にも怯むことなく
彼女はニッコリ笑って。

 

♡)音がないから少し寂しいけど…
  皆さんの頭の中で想像してくれると
  嬉しいです♡
客)……///
客)……♡♡
♡)一曲目は『プラネタリウム』です。
  知ってる人も多いよね?
客)大塚愛ー?
客)花より男子〜〜!!
♡)そうそう♡
  ドラマの歌です♡

 

お客さんにも普通にレスポンスしながら…

 

♡)では、聴いてください。

 

そう言って、大きく息を吸った。

 

その瞬間に、静まり返る会場。

 

彼女が澄んだ声で綺麗に歌い始めると
一気にその場が歌の世界観に包み込まれる。

 

ああ…
歌い姿がすごく儚くて、尊い。

こういう雰囲気を作り出せるのも
歌い手の才能。

アカペラだから間の取り方が難しいはずなのに
そこも天性の感覚でやってのける。

 

本当にすごいな……彼女は。

 

清)うわーー、カッコイイなぁ……
谷)えっ…
清)ほんとにアカペラで歌ってる。
谷)……

 

♡さんに見惚れてる間に俺の横にいたのは
次に出番を控えた
back numberの清水さん。

 

清)俺、ギター弾いてもいいけど…
  このままアカペラで歌う彼女も
  見たい気しません?w
谷)え…っ

 

ニヤッと笑う彼を見ると、

 

清)地味に俺、彼女のファンなんですw

 

そう言って今度はニコッと笑った。

 

♡)〜♪行きたいよ 君のところへ
  小さな手をにぎりしめて 泣きたいよ
  それはそれは きれいな空だった♪〜

 

会場にはアカペラの彼女の歌声が
澄み渡る。

 

清)歌姫だなぁ……ほんと。
谷)……

 

本当に…綺麗だ。

 

♡)〜♪願いを 流れ星に
  そっと 唱えてみたけれど 泣きたいよ
  届かない想いを この空に…♪〜

 

彼女が一曲歌い終えると、
会場は再び大歓声に包まれた。

泣いてる人も何人かいて…

 

客)姫ぇぇ〜〜〜〜!!
客)姫がんばれ〜〜!!
♡)あっ!!

 

♡さんが一部を指さすと
ざわつき始める観客。

 

♡)会社の人たちが来てくれてるー!
客)姫〜〜〜!!♡
客)見に来たよ〜〜〜!!♡
客)姫ちゃん〜〜〜!!♡
♡)えへへ…///
  私、普段は普通に会社勤めなんですが…
  今日は会社のみんなが
  見に来てくれたみたいです♡
  みんなありがとーー♡

 

ワァァァ…!!
パチパチパチパチ!!

 

♡)ええと…次の曲なんですが…

清)じゃあちょっと行ってみますわ。
谷)あっ!

 

ギターを抱えてステージに向かった清水さん。

彼の登場に、観客はまた沸き立つ。

 

♡)えっ…!!

 

♡さんも目を丸くして驚いてる。

 

清)お姫さんが困ってるみたいなんで
  来ちゃいましたー!w
♡)清水…さん…?
清)初めましてーー♡

 

ニコニコ握手をする清水さんに
♡さんはまだきょとんとしてる。

 

清)音源ないって聞いてね、
  飛んできちゃったw
♡)ええっ!
清)ギターで良ければ弾きますけど
  どうですか?
♡)わぁぁぁ♡

 

♡さんも観客も大喜びで…

 

清)前にさ、ギターで花火歌ってたでしょ?
♡)はい!
清)あれなら弾けるけど、どう?
♡)…っ、お願いします!!
清)よし♪

 

ざわつく会場に、
「俺だって三代目とかオシャレなのも
 弾けるんだぞ」
と、冗談混じりに笑って

清水さんはスタッフが用意した椅子に
腰掛けた。

 

♡さんが目を閉じて深呼吸すると
また一気に静まり返る会場。

 

前回瞬くんとコラボした時と同じように
最初はドキッとさせられるような
アカペラから始まって…

メロから優しくギターが入ってくる。

 

ああ…どうしてだろう…

前回聴いた時よりも
ずっとずっと物悲しいのは…

 

♡)〜♪零れる火の粉はせつなさへと変わって
  私の胸 熱く染めました♪〜

 

ワァァァァ……!!

パチパチパチパチ!!!

 

清)いや〜〜
  綺麗な歌声だよね〜〜〜
  一緒に歌いたくなっちゃうもんね。
客)あはははw
客)姫〜〜!
  back number歌って〜〜!!
♡)ええっ!
客)歌って歌って〜〜!
清)いやいやいや!w
  こんな綺麗なお姫さんが
  僕たちの歌なんて知りませんからw
♡)え!知ってます!!大好きです!!
清)ええっ!

 

そのやりとりで、客席からの歌ってコールが
さらに強くなった。

 

清)なんか歌えるの…ある?w
♡)えっと…
清)歌詞わかんないよね?
  一緒に歌う?w
♡)歌いたいっ♡
客)おおおおお!!!
♡)『ヒロイン』ならわかります♡
清)おおっと!
  これはまた季節外れな…w
♡)はっ!ほんとだ!///
客)あはははw
清)まぁ今日はちょっと暑いしね!
  冬の歌で涼しくなってみますか。
客)わ〜〜〜〜!!

 

そんな二人のやりとりに、
スタッフが慌てて清水さんの前にも
スタンドマイクを用意して…

 

清)これね、完全にぶっつけ本番だからw
  みんな大目に見てね?w

 

そう言って二人は軽くキー合わせをして
歌い始めた。

♡さんが自信がなさそうなメロは
清水さんがリードして…

サビになると♡さんはニッコリ笑って
綺麗な歌声を響かせた。

 

♡)〜♪雪が綺麗と笑うのは君がいい
  でも寒いねって嬉しそうなのも♪〜

 

完全にアドリブだったから
歌は一番で終わったけど、
観客は大喜び。

 

♡)楽しかったぁ♡
清)こんなおっさんが
  お姫さんと一緒に歌っちゃって…
  すいませんでしたw
  大丈夫?俺ファンに怒られない?w
♡)あははは♡

 

男)ピアノ用意できましたー!
男)よし!急げ!!

谷)えっ…

 

ステージに運ばれたピアノと交代で
袖口に戻ってきた清水さん。

 

杉)お疲れさまでしたw
清)ああ、あれ杉くんのピアノか!
杉)はい!
清)じゃあ一緒にお姫さんの弾き語りを
  見守りますか♪

谷)……

 

♡さんのピンチに駆けつけて
ピアノを貸してくれたのは
WEAVERの杉本さん。

 

♡)ピアノをお借りすることが出来たので、
  最後の曲は弾き語りにしたいと思います。
客)わぁぁぁぁ!!

 

♡さんはそのまま曲のタイトルを言わずに
鍵盤に指を置いた。

 

また空気を一変させるオーラ。

彼女の本領発揮だ。

 

♡)〜♪とめどなく溢れる
  涙を拭いて 歩き出す
  少し迷った時は あなたの夢で眠ろう♪〜

 

♡さんがなぜこの曲を選んだのか
わからなかったけど…

 

♡)〜♪もっと大好きだと素直に
  言葉にすればよかった♪〜

 

きっとこの曲が
♡さんが一番歌いたかった歌なんだって、
わかった気がした。

 

♡)〜♪会いたくて 会いたくて 空見上げた
  恋しくて 恋しくて うつむき深呼吸した
  あなたもどこかで
  滲む夕陽を眺めてるの?♪〜

 

ああ…
彼女の歌には色がある。
匂いがある。

その景色を五感で感じられるような
透き通った歌声。

 

♡)〜♪愛しくて 愛しくて その笑顔が
  触れたくて伸ばした手
  あなたに届く日まで
  冷たい風が吹いた 迎えに行くよ
  だからきっと待ってて
  迎えに行くよ 夜が近くなる前に♪〜

 

すべてを歌い終えた歌姫は、
大歓声に包まれながら裏に戻ってきた。

 

♡)…っ、杉本さん!!
杉)お疲れさまです。
♡)ピアノ…っ、ありがとうございました!!

 

♡さんは杉本さんと握手をして
そのまま彼に抱きついた。

 

杉)えっ、あの…っ///
♡)本当にありがとうございました!!
杉)は、はいっ///
清)お姫さん、良かったよ〜〜
  最高だったよ!
♡)清水さん!!
清)お疲れ〜〜〜

 

清水さんが両手を広げると
♡さんはそこにも無邪気に飛び込んだ。

 

♡)ありがとうございましたっ!!
清)あはははw
谷)……

 

なんていうか…
本当に無垢な人だな。

 

杉)あの…、歌本当に良かったです。
  素敵でした。
♡)大事なピアノ…貸してくださって…
  本当に感謝しています。
杉)いえ、お役に立てて何よりです。

 

その言葉に、♡さんがまた
無邪気な笑顔を見せるから…

 

杉)////

 

杉本さんも照れてる。

 

杉)あの…もし良かったら…
♡)え?
杉)今度…うちのミュージックビデオに…
清)ああーー!!
  それ俺も言おうとしてたやつーー!!
杉)ええ?!w
清)MV出て欲しい!!
♡)ええ!!!
杉)なんか…イメージにピッタリで…
清)そう!
♡)…っ

 

突然の二つのオファーに
♡さんが戸惑っていると…

 

M)もちろんお受けいたします〜〜!
  ありがとうございます!♡♡

 

Mさんがすかさず名刺を渡した。

 

杉)じゃあ本当に連絡させてもらいます。
M)いつでもお待ちしております♡
清)こっちも!よろしく!
M)喜んで♡
♡)ありがとうございました!!

 

挨拶を終えて控え室に戻る途中、
興奮冷めやらずご機嫌なMさん。

 

M)すごいすごい!♡
  back numberとWEAVERのMV!
♡)びっくりしたぁ…
M)西野カナに続いて
  仕事が増えていく〜〜♪
谷)え!西野カナ?!
M)はい♡オファー来たんですよ〜〜
谷)えええ!!

 

なんか…
俺の知らないところで
どんどん話が進んでる。

 

M)先輩、本当にすごかったですよ!
  ピンチをチャンスに変えるって
  ああいうのだなって思いました!
♡)清水さんと杉本さんのおかげだよーー
M)でもあの二人に
  助けてあげたいって思わせたのは
  先輩の力だと思いますよ?
♡)……
谷)……

 

いいこと言うな、Mさん。

どれだけ周りを味方につけられるか、
そういうのも人間力のひとつ。

 

谷)とりあえず着替えて一旦休みましょう。
  お疲れさまでした。
♡)はい♡

 

その時だった。

 

ガシャーン!!

 

谷)えっ……

 

♡さんの控え室から聞こえた物音。

 

M)何今の音……

 

Mさんがそのドアを開けると…
中にいたのは…

 

谷)リノア?!
リ)…っ

 

顔を真っ赤にして泣いているリノアだった。

 

♡)え…、どうして…っ

 

床に叩きつけられていたのは、
俺が音響に渡した音源。

 

谷)リノア…お前……

 

まさか…

 

リ)何なの?!あんた何なのよ!!

 

パシーーン!!

 

M)ちょっと!!
  先輩の顔に何すんのよ!!!

 

パァン!!

 

リ)……ッ

 

なんだ、これは……

リノアが♡さんの頬を叩いて、
Mさんが叩き返して…

♡さんを庇うように
その前に立ちはだかっている。

 

リ)あたしが今日のステージ、
  どれだけ楽しみにしてたと思ってんの?!
♡)…っ
リ)ちょっと可愛いからって…
  調子に乗んないでよ!!
谷)やめろ、リノア!
リ)なんなの!?
  松浦社長と寝たわけ!?
  なんであんたばっかり
  特別扱いされんのよ!!
谷)リノア!!
リ)谷本さんも何よ!!
谷)…っ

 

リノアの鋭い目が、俺に向いた。

 

リ)売れたきゃ周りを蹴落としてでも
  這い上がれって…
  松浦さんがいつも言ってることじゃん!
谷)……
リ)だから邪魔してやったのよ!
  あたし何か間違ってる!?ねぇ!!
谷)…っ
リ)歌えなくなれば良かったのに!!
♡)…っ
リ)あんたなんて歌えなくなれば
  良かったのに!!
M)ちょ、やめなさいよ!!!

 

♡さんに掴みかかろうとしたリノアは
Mさんにまで殴りかかりそうな勢いで、

俺は慌ててそれを止めた。

 

リ)何みんなにちやほやされて
  のんきに歌ってんのよ!!
谷)リノア!
リ)あんたなんて最低!!
  人のチャンス奪ってまで
  ステージに立ちたかったの?!
谷)リノア、違う!
リ)あんたなんかいなくなればいいのに!!
谷)リノア!!!

 

細い手首をギュッと掴むと、
リノアは泣きながら俯いた。

♡さんはショックを受けたように
言葉を失っていて…

 

ああ、最悪だ。

 

ピロリロリロ♪ピロリロリロ♪

 

谷)……

 

このタイミングで、松浦さん。

 

谷『はい、谷本です。』
浦『谷ちゃんおつかれ〜〜!w
  なんかハプニングあったみたいだけど
  最高じゃん〜〜』
谷『……』

 

ちょっと今それどころじゃ…

 

浦『今まだ会場?
  ♡連れて早く戻ってこいよ!』
谷『今、リノアも一緒です。』
浦『はぁ?リノアー!?
  んなとこで何してんだ。』
谷『……』
浦『まぁいいや、じゃあリノアも
  連れてこいよ。』
谷『…わかりました。』

 

そのまま電話を切って…

重たい空気の中、
俺は3人を乗せて車を走らせた。

 

M)先輩、反響すごいですよ!
  SNSでいっぱい載ってる!

 

Mさんは♡さんを励まそうとして
声をかけるけど…

 

リ)うるっさいわね!
M)はぁ?!
  うるさいのはそっちでしょ!
  黙ってなさいよ!
リ)は?
M)先輩の顔、叩いたこと…
  一生許さないからね!
リ)ふん、馬鹿馬鹿しい。
M)このクソガキ!!

 

Mさんとリノアはさっきからこの調子で
一触即発。

車内はずっとピリピリしていて…

 

……

 

 

__コンコン。

 

谷)失礼します。

 

松浦さんの部屋に入ると、
この重たい空気なんて知る由もなく

満足そうな笑顔が俺たちを待っていた。

 

浦)お〜〜〜お疲れお疲れw
  まぁ座れよ。

 

一応、報告義務があるし…
今日のことを説明すると…

松浦さんはそれを笑い飛ばした。

 

浦)♡がアカペラだったの、
  お前のせいだったのかよw
リ)あたし、謝りませんから!
浦)いや、いんじゃね?w
  おかげで恐らく予定より
  いいステージになったわけだしw
  結果オーライっしょ。
リ)…っ
浦)お前のその根性とガッツは
  俺もわかってっから。
  とりあえず今日は帰れよ。
リ)……

 

松浦さんにそう言われて
リノアはそのまま頭を下げて
部屋を出て行った。

 

浦)災難だったなぁ、♡〜〜w
♡)……

 

あああ…
松浦さん…

♡さんほんとショック受けてるから
空気読んで…!

 

浦)で、どうだった?今日のステージは♪
♡)……
浦)エゴサしたかー?
  すごい反響だぞ〜〜〜w
♡)……
浦)大きなステージで歌うのは
  やっぱり気持ちイイだろ?
♡)……
浦)もっと歌いたくなったろ?
  だからお前にはこれから…
♡)松浦さん。
浦)……っ

 

強引に話し進める松浦さんを、
♡さんが止めた。

 

♡)私、歌はやりません。
浦)……は?
♡)お返事遅くなって…すみませんでした。
浦)ちょっと待てよ…っ
♡)私、歌でお金を取りたくないし
  歌を仕事にしたくないです。
浦)…っ
♡)誰かを邪魔したり蹴落としたり、
  そういう戦いの中で
  這い上がっていきたいと思えるほどの
  野心も向上心もないです。
浦)…そんなもん…
  お前にはなくたっていいよ。
♡)私はただ…
  私が歌うことで、少しでも多くの人が
  笑顔になってくれたら…
  それだけで嬉しいから…
浦)だったら歌えよ!
  もっと多くの人に聞いてもらえるように…
♡)仕事としては歌いたくないです。
浦)……

 

二人の話は平行線で…

俺とMさんは口を出すこともできない。

 

浦)いいか?お前は天才なんだよ。
  お前の歌を求めてる人間はたくさんいる。
♡)……
浦)別に悪どい金儲けをしろって
  言ってるんじゃない。
  でも才能は金になる。
  ビジネスになるんだよ。
♡)……
浦)もったいな…
♡)上手く言えないけど…
  何か違うって思ったんです。
浦)……
♡)……
浦)リノアのことは…悪かったよ。
  俺が無理矢理…
♡)それだけじゃなくて…
浦)え…?
♡)今日のことだけじゃなくても…
  私なりに、歌のお仕事について
  考えてみたんです。
浦)……
♡)……
谷)歌が嫌なわけじゃなくて…
  「芸能界」という場所で歌うのが
  嫌なんじゃないですか…?
♡)……っ

 

♡さんはハッとして俺を見た。

やっぱり、これが♡さんの答え。

 

♡)嫌とか…否定してるわけじゃなくて…
  ただ私には向いてないと思うんです。
浦)そんなこと…っ
♡)せっかくお話いただいたのに
  すみません。
浦)…っ
♡)今日のステージは、
  純粋に楽しかったです。
浦)……
♡)本当にありがとうございました。
浦)……

 

♡さんはそのまま深々頭を下げて、
Mさんと一緒に部屋を出て行った。

 

浦)……
谷)……

 

社長の悔しい気持ちもわかる。
でも、♡さんの気持ちもわかる。

 

浦)なんで上手くいかねんだろなぁ……
谷)……

 

強引に進めた結果、それが裏目に出て
宝物を逃してしまった。

 

浦)他に取られたならわかるけど…
  そうじゃない。
谷)……
浦)あいつだって気が変わるかもしれない。
谷)……
浦)気長に待つよ…
谷)……

 

待てるなら待ちたい。

俺も松浦さんも、諦めが悪いな。

 

浦)仕方ねぇよなぁ……

 

松浦さんは大きく息を吐いて、

 

浦)こーゆーのって、惚れたもん負けだろ?

 

そう言って、困ったように笑って見せた。

 

 

ー続ー

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