[60]♡とハルくん

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臣くんに、私の過去の話も聞きたいって
そう言われて。

臣くんの話は昨日聞いたけど…
確かに私たちはそういう話を
今までしてきてなかったなって思って…

一生懸命、自分の恋愛を思い返しながら
話してみてる。

 

♡)それからも…
  好きになれたらいいな、って
  好きって言ってくれる人と
  付き合ってみたりして…
臣)……
♡)でもやっぱりダメで、別れて…
臣)……
♡)いつの間にか、その繰り返しで。

 

好きじゃないのに付き合うのって…
相手がそれでいいって言っても
良くないことなんだって、思った。

 

臣)全然好きになれなかったの?
♡)……
臣)誰のことも。
♡)……うん。
臣)……
♡)好き、って…
  何なのかよくわからなくて。
  普通に人としては好きだし
  キスが嫌じゃない人もいたけど…
臣)……
♡)それ以上触れられるとやっぱり嫌で。
臣)……
♡)心のどこかで…
  ハルくんだったらきっと
  嫌じゃないのにって、比べてた。

 

どうしても心の中で
薄れていかないハルくんの存在を

何度も痛感して。

 

♡)だからもう、
  自分から好きになれるまで
  誰かと付き合うのはやめようって
  そう思ったの。
臣)うん。
♡)でも…
臣)……
♡)あの夏、臣くんに出逢って。
臣)……

 

少しずつ、臣くんのことを知って。

少しずつ、惹かれていって。

 

今ではこんなに、大好きで。

 

♡)臣くんのこと、こんなにこんなに
  大好きになって…
臣)……
♡)本当に本当に、嬉しいの。
臣)……

 

初めてちゃんと、自分から…
「好き」って

そう思えた人。

 

今まで付き合った人たちと
何が違うのかって聞かれたら

言葉では上手く説明できないけど…

 

♡)……ね、

 

臣くんの手をぎゅっと、握り直した。

 

♡)本当に…大好きだよ♡

 

私がそう言うと、
臣くんは優しく微笑んでくれて…

 

空のオレンジ色が…深くなっていく。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

俺が一番聞きたかったのは、
ハルくんのこと。

まだその話には辿り着いていないけど
今の時点で、もうわかる。

ハルくんが、♡にとって
どれだけ大きい存在だったか。

 

「初めてのキスは…
 ハルくんとが良かったなって…」

 

それくらい好きだったハルくんは
今はどんな形で、♡の心の中にいるんだろう。

 

臣)…ハルくんは……

 

その名前を出してみたけど…
なんて聞いていいのかわからなくて…

 

臣)幼馴染…なんだっけ。
♡)うん、そうだよ。
臣)……
♡)……

 

実家でハルくんの写真を見せてもらった時は
♡は普通に笑顔で
ずっと好きだった子だって、話してくれた。

♡の様子が変になったのは、そう。

駅で偶然、ハルくんに会ったって言ってた
あの日から。

 

あの時は詳しくは聞けなかったけど…

 

臣)ハルくんの話、聞きたい。

 

思い切って、そう言ってみた。

 

♡)……ふふ…

 

♡はどこか儚げに笑って、
またゆっくりと、話し始めた。

 

♡)ハルくんは…ね、
臣)……
♡)6歳の時に、隣町から
  引っ越してきたの。
臣)……
♡)家が近かったから、すぐ仲良くなって…
臣)……
♡)毎日、一緒にいたの。
臣)……

 

ぽつりぽつり、話す
♡の声が…

波の音に、溶けていく。

 

♡)学校に行くのも、帰るのも
  毎日一緒で。毎日手を繋いで。
臣)……

 

手…繋いで?

そんなに仲良かったんだ…

 

♡)ハルくんはね、もう家族みたいだった。
臣)……
♡)パパとママと瞬と…
  ハルくんと、お父さんと…
臣)……
♡)いつも、笑ってた。
臣)……

 

家族ぐるみで、仲が良かったんだろうか。
♡がすごく懐かしそうに話す。

 

♡)何をするにもいつもハルくんが側にいて
  私はハルくんが大好きで…
臣)……
♡)大きくなったら、
  ハルくんと結婚したいって…
  子供だったけど、ずっとそう思ってた。
臣)……
♡)でも、ね。
臣)…うん。
♡)そんなに好きなのに、
  一度も「好き」って…
  言葉にしたこと、なかったの。
臣)……
♡)なんか、恥ずかしくて…
  言わなくても絶対わかるくらい
  伝わるくらい、側にいたし…
臣)……

 

♡なら、すぐに「好き」って言いそうなのに…

そこは子供ながらに
照れがあったのかな。

 

♡)でも、後からそれを…
  すごくすごく、後悔した。
臣)…っ

 

♡が切ない表情で見つめる先には
水平線にほんの少し浸った
真っ赤な太陽。

空だけじゃなくて
水面もオレンジ色に、染めていく。

 

♡)6年生の冬休みに、
  ハルくんはいなくなって…
臣)……いなくなった…って?
  転校したの?
♡)うん、たぶん……
臣)……

 

たぶんって…
そんなに仲良かったのに、知らないのか?

 

♡)何も言わないで、いなくなっちゃったから
  どこに行ったのか、わからなくて。
臣)…っ
♡)先生に聞いても知らなくて
  クラスの子も誰も知らなくて…
臣)……

 

なんだよ、それ。

せめて、♡にくらい…

 

♡)最後に、お父さんから
  「お世話になりました」って
  一筆箋があっただけで…
臣)……
♡)それ以外、何もなかったの。
臣)……

 

♡が寂しそうに、俯いて…

 

♡)ハルくんがいなくなるなんて
  考えたこと、なかった。
臣)……
♡)中学も高校も、ずっと一緒だって
  そう思ってた。
臣)……
♡)会えなくなるなんて…思わなかった。
臣)……
♡)…さよなら…も、大好き…も……
  何も言えないままで…

 

♡の声が、切なさに滲んでく。

 

♡)会えなくなるなら、大好きって
  言えば良かった。
臣)……
♡)あんなに大好きだったのに
  どうして言わなかったんだろう、って…
臣)……
♡)大事な人がいついなくなって…
  気持ちを伝えられなくなるか、
  それをわかってたはずだったのに
  どうして、って……
臣)…っ

 

その言葉を聞いて思い出した。

 

好きだと思った時に好きだって伝えないと
いつ伝えられなくなるかわからない。

大切な人に、いつ会えなくなるか
わからないから…
だから自分の大事な気持ちは
いつでもちゃんと素直に伝えたい。

 

まだ付き合う前、あの砂浜で
今と同じようにオレンジ色の夕陽を見て

♡はそう言った。

 

後からあれは、お父さんのことだったんだって
そう思ったけど…

きっとお父さんだけじゃなくて、
ハルくんのことも含めて…だったんだ。

 

臣)……

 

♡は二度も…
大事な人を、失ったんだ。

 

♡)胸が、張り裂けそうで…
臣)……
♡)一人でいっぱい泣いて、苦しかった。
臣)……
♡)でも、思ったの。

 

♡は泣きそうな顔で、笑った。

 

♡)きっとハルくんは、
  私が泣いちゃうって思って
  言えなかったのかな、って。
臣)……
♡)ハルくんね、最後の日に、言ってたの。
臣)……
♡)♡にはいつも笑っててほしい、って…
  ♡が…ずっとずっと…
  笑顔でいられますように、って。
臣)……
♡)あれが…
  ハルくんの…「さよなら」だったのかな…
臣)…っ

 

夕陽に照らされた♡の横顔。

その綺麗な頬に、涙が伝って…

あの日みたいだって…、思った。

 

♡)ハルくんだって、
  きっと辛かったはずなのに…
  最後に私にそう言ってくれた。
臣)……
♡)離れても、会えなくても、
  ハルくんを想う気持ちは変わらなくて。
臣)……
♡)待ってて、なんて…
  言われてないけど…
  ……ずっと、待ってた。
臣)……
♡)いつか、帰ってきてくれるって…
臣)……

 

♡の涙を、そっと拭うと…

それが初めて♡に
泣いてるって気付かせたみたいで…

 

♡)……違うの……

 

♡は儚い笑顔を見せて…

 

♡)ただ、夕陽が…
  あの日みたいに、綺麗だから…
臣)……

 

♡はそう言ったけど、
そうじゃないと思う。

この涙は、ハルくんを想ってる涙。

俺にはわかる。

 

♡が言う「あの日」は
俺と見たあの日じゃない。

きっと、お父さんと最後に一緒に見たっていう
夕陽のことだと思う。

そして今、♡の涙を見て。

もしかしたらその時、
ハルくんも一緒にいたのかなって…
そう思った。

 

♡の涙は、昨夜の俺の涙とは全然違って…

俺にとってレイカは過去だけど、
♡にとってハルくんは…
過去じゃない気がする。

 

もしかしたら♡は、
ハルくんが「待ってて」って言い残して
姿を消していたなら

ずっと今でも、
待ち続けてたんじゃないだろうか。

きっと大学生になっても
誰とも付き合わなかっただろうし…

俺と…出会っても……

 

そう思いかけて、考えるのをやめた。

 

だって…

 

恋愛も…人生も…

出逢う順番とかタイミングとかも
全部ひっくるめて「運命」だって

♡が言ってくれた言葉だから。

 

過去に辛い別れがあっても…
それがあるから今の♡がいて、

俺と出逢って、
俺を好きになってくれたことだって

俺は♡が言うように
「運命」だって信じたい。

 

♡)違うんだよ。
臣)え…?
♡)ハルくんとのことは、
  悲しい思い出とかじゃ…なくて。
臣)……
♡)ずっと会いたいって、思ってたけど…
  臣くんと出逢えてからは、
  それが変わったの。
臣)……
♡)ハルくんも、今どこかで
  元気でいるといいなって…
  笑ってくれてるといいなって…
臣)……
♡)そう思えるようになったの。

 

♡が俺の顔を見て、柔らかく笑った。

 

♡)ハルくんの幸せは、ずっと願ってたけど
  今までのとは違って…
臣)……
♡)ようやく、自分の人生と区別して
  考えられるようになったっていうか…
  上手く言えないけど…
臣)うん。

 

言いたいことは、なんとなくわかる。

♡が今、俺を想ってくれてるのは確かで。

ハルくんのことも
「引きずってる」とは
違うんだろう。

 

でも、じゃあどうして。

あの日から、ハルくんの話になると
戸惑った表情を見せるんだろう…

 

臣)この間…、さ。
♡)うん。
臣)駅で偶然会ったって…言ってたろ?
♡)……うん。

 

あの時は、その再会が
どれだけの再会かなんて
わかりもしないで聞いてたけど…

そんな風に別れてたなら、
きっとお互いに衝撃的な再会だったんだって
思うから…

 

臣)ハルくんと…何話したの…?
♡)……
臣)……
♡)……

 

♡は、最近よく見る
戸惑いの表情に戻って…

 

♡)久しぶりだね、って…
  元気だった…?って…
臣)……
♡)でも…、ハルくん…
  泣きそうだったの。
臣)…っ

 

♡が下唇を、キュッと噛んだ。

 

♡)私の方が、先に泣いちゃったけど…
臣)……
♡)ハルくんも、泣きそうな顔をしてて…
臣)……
♡)胸がしめつけられたみたいだった。
臣)……

 

それを聞いて、
小6の時の別れは

やっぱりハルくんにとっても
相当辛いものだったんだって、察した。

 

♡)その時は、すぐに別れたから…
  全然話してない。
臣)……そっか。
♡)……
臣)……

 

励ますって言ったら変だけど…

俺は握ってる♡の手に力をこめた。

 

臣)クラス会でさ、話せるんじゃない?
♡)…っ

 

子供の頃に、
何も言えずに離れ離れになった二人が

大人になった今、
ちゃんと話せるといいなって
そう思った。

 

思ったのは本当だけど…
俺もそこまで出来た人間じゃないから…

 

臣)ハルくん…ハゲてたらいいな…

 

そんなことをボソッと呟いて。

 

♡)なぁに、それw
  全然ハゲてなかったよw

 

♡はクスクス笑って、俺を見た。

 

臣)だってさ、すげぇイケメンとかに
  なっちゃってたら…
  お前、取られそうじゃん。

 

なんて、半分冗談で、半分本気。

 

♡)そんなの、ないよw

 

笑ってそう言ってくれるけど…

なんだろう、俺の勘。

 

もう妻子持ちだったらいいのにって思ったけど
絶対ハルくんはまだ独身で、
今でも♡のことを大切に想ってると思う。

最悪、ヘタしたら…
今でも「好き」。

 

臣)はぁぁぁ……

 

♡の膝を右足で跨いで。

両膝に♡を挟んで、ぎゅっと抱きしめた。

 

臣)ハルくんがイケメンになってても…
  好きになるの禁止ーー
♡)……//
臣)キュンとか、ときめくのも禁止ーー
♡)……ふふ…っ

 

子供みたいな俺の言葉に、
♡は腕の中で笑ってる。

 

臣)もしもハルくんが、
  今でもお前を好きでも…
♡)……
臣)心変わり、絶対禁止ーー
♡)……//
臣)クラス会で会っても、
  カッコイイとか思うの、禁止ーー
♡)……ふふっ…w

 

冗談っぽく言ってるけど、
割と不安だったりする。

多分この先現れるどんな男より、
「ハルくん」が俺にとって
一番脅威になる気がするから。

 

♡)禁止がいっぱいだ♡

 

♡は無邪気に…可愛く笑うから…

 

臣)俺の側から…離れるの禁止ーー
♡)…っ
臣)……お前は…、俺の。
♡)……///

 

そうであって欲しいって願いながら、
抱きしめてる腕に、力を込めた。

 

臣)ずっとずっと…、俺の。
♡)……///

 

♡は俺を、ぎゅっと抱きしめ返して…

 

♡)ずっとずっと、臣くんのだよ…♡
  ……臣くん、大好き♡

 

大好きな声が、耳元で甘く溶けた。

 

砂浜に伸びる影が
うっすらぼやけて

背中で陽が沈んだことが、わかった。

 

 

ー続ー

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