臣くんに、私の過去の話も聞きたいって
そう言われて。
臣くんの話は昨日聞いたけど…
確かに私たちはそういう話を
今までしてきてなかったなって思って…
一生懸命、自分の恋愛を思い返しながら
話してみてる。
♡)それからも…
好きになれたらいいな、って
好きって言ってくれる人と
付き合ってみたりして…
臣)……
♡)でもやっぱりダメで、別れて…
臣)……
♡)いつの間にか、その繰り返しで。
好きじゃないのに付き合うのって…
相手がそれでいいって言っても
良くないことなんだって、思った。
臣)全然好きになれなかったの?
♡)……
臣)誰のことも。
♡)……うん。
臣)……
♡)好き、って…
何なのかよくわからなくて。
普通に人としては好きだし
キスが嫌じゃない人もいたけど…
臣)……
♡)それ以上触れられるとやっぱり嫌で。
臣)……
♡)心のどこかで…
ハルくんだったらきっと
嫌じゃないのにって、比べてた。
どうしても心の中で
薄れていかないハルくんの存在を
何度も痛感して。
♡)だからもう、
自分から好きになれるまで
誰かと付き合うのはやめようって
そう思ったの。
臣)うん。
♡)でも…
臣)……
♡)あの夏、臣くんに出逢って。
臣)……
少しずつ、臣くんのことを知って。
少しずつ、惹かれていって。
今ではこんなに、大好きで。
♡)臣くんのこと、こんなにこんなに
大好きになって…
臣)……
♡)本当に本当に、嬉しいの。
臣)……
初めてちゃんと、自分から…
「好き」って
そう思えた人。
今まで付き合った人たちと
何が違うのかって聞かれたら
言葉では上手く説明できないけど…
♡)……ね、
臣くんの手をぎゅっと、握り直した。
♡)本当に…大好きだよ♡
私がそう言うと、
臣くんは優しく微笑んでくれて…
空のオレンジ色が…深くなっていく。
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俺が一番聞きたかったのは、
ハルくんのこと。
まだその話には辿り着いていないけど
今の時点で、もうわかる。
ハルくんが、♡にとって
どれだけ大きい存在だったか。
「初めてのキスは…
ハルくんとが良かったなって…」
それくらい好きだったハルくんは
今はどんな形で、♡の心の中にいるんだろう。
臣)…ハルくんは……
その名前を出してみたけど…
なんて聞いていいのかわからなくて…
臣)幼馴染…なんだっけ。
♡)うん、そうだよ。
臣)……
♡)……
実家でハルくんの写真を見せてもらった時は
♡は普通に笑顔で
ずっと好きだった子だって、話してくれた。
♡の様子が変になったのは、そう。
駅で偶然、ハルくんに会ったって言ってた
あの日から。
あの時は詳しくは聞けなかったけど…
臣)ハルくんの話、聞きたい。
思い切って、そう言ってみた。
♡)……ふふ…
♡はどこか儚げに笑って、
またゆっくりと、話し始めた。
♡)ハルくんは…ね、
臣)……
♡)6歳の時に、隣町から
引っ越してきたの。
臣)……
♡)家が近かったから、すぐ仲良くなって…
臣)……
♡)毎日、一緒にいたの。
臣)……
ぽつりぽつり、話す
♡の声が…
波の音に、溶けていく。
♡)学校に行くのも、帰るのも
毎日一緒で。毎日手を繋いで。
臣)……
手…繋いで?
そんなに仲良かったんだ…
♡)ハルくんはね、もう家族みたいだった。
臣)……
♡)パパとママと瞬と…
ハルくんと、お父さんと…
臣)……
♡)いつも、笑ってた。
臣)……
家族ぐるみで、仲が良かったんだろうか。
♡がすごく懐かしそうに話す。
♡)何をするにもいつもハルくんが側にいて
私はハルくんが大好きで…
臣)……
♡)大きくなったら、
ハルくんと結婚したいって…
子供だったけど、ずっとそう思ってた。
臣)……
♡)でも、ね。
臣)…うん。
♡)そんなに好きなのに、
一度も「好き」って…
言葉にしたこと、なかったの。
臣)……
♡)なんか、恥ずかしくて…
言わなくても絶対わかるくらい
伝わるくらい、側にいたし…
臣)……
♡なら、すぐに「好き」って言いそうなのに…
そこは子供ながらに
照れがあったのかな。
♡)でも、後からそれを…
すごくすごく、後悔した。
臣)…っ
♡が切ない表情で見つめる先には
水平線にほんの少し浸った
真っ赤な太陽。
空だけじゃなくて
水面もオレンジ色に、染めていく。
♡)6年生の冬休みに、
ハルくんはいなくなって…
臣)……いなくなった…って?
転校したの?
♡)うん、たぶん……
臣)……
たぶんって…
そんなに仲良かったのに、知らないのか?
♡)何も言わないで、いなくなっちゃったから
どこに行ったのか、わからなくて。
臣)…っ
♡)先生に聞いても知らなくて
クラスの子も誰も知らなくて…
臣)……
なんだよ、それ。
せめて、♡にくらい…
♡)最後に、お父さんから
「お世話になりました」って
一筆箋があっただけで…
臣)……
♡)それ以外、何もなかったの。
臣)……
♡が寂しそうに、俯いて…
♡)ハルくんがいなくなるなんて
考えたこと、なかった。
臣)……
♡)中学も高校も、ずっと一緒だって
そう思ってた。
臣)……
♡)会えなくなるなんて…思わなかった。
臣)……
♡)…さよなら…も、大好き…も……
何も言えないままで…
♡の声が、切なさに滲んでく。
♡)会えなくなるなら、大好きって
言えば良かった。
臣)……
♡)あんなに大好きだったのに
どうして言わなかったんだろう、って…
臣)……
♡)大事な人がいついなくなって…
気持ちを伝えられなくなるか、
それをわかってたはずだったのに
どうして、って……
臣)…っ
その言葉を聞いて思い出した。
好きだと思った時に好きだって伝えないと
いつ伝えられなくなるかわからない。
大切な人に、いつ会えなくなるか
わからないから…
だから自分の大事な気持ちは
いつでもちゃんと素直に伝えたい。
まだ付き合う前、あの砂浜で
今と同じようにオレンジ色の夕陽を見て
♡はそう言った。
後からあれは、お父さんのことだったんだって
そう思ったけど…
きっとお父さんだけじゃなくて、
ハルくんのことも含めて…だったんだ。
臣)……
♡は二度も…
大事な人を、失ったんだ。
♡)胸が、張り裂けそうで…
臣)……
♡)一人でいっぱい泣いて、苦しかった。
臣)……
♡)でも、思ったの。
♡は泣きそうな顔で、笑った。
♡)きっとハルくんは、
私が泣いちゃうって思って
言えなかったのかな、って。
臣)……
♡)ハルくんね、最後の日に、言ってたの。
臣)……
♡)♡にはいつも笑っててほしい、って…
♡が…ずっとずっと…
笑顔でいられますように、って。
臣)……
♡)あれが…
ハルくんの…「さよなら」だったのかな…
臣)…っ
夕陽に照らされた♡の横顔。
その綺麗な頬に、涙が伝って…
あの日みたいだって…、思った。
♡)ハルくんだって、
きっと辛かったはずなのに…
最後に私にそう言ってくれた。
臣)……
♡)離れても、会えなくても、
ハルくんを想う気持ちは変わらなくて。
臣)……
♡)待ってて、なんて…
言われてないけど…
……ずっと、待ってた。
臣)……
♡)いつか、帰ってきてくれるって…
臣)……
♡の涙を、そっと拭うと…
それが初めて♡に
泣いてるって気付かせたみたいで…
♡)……違うの……
♡は儚い笑顔を見せて…
♡)ただ、夕陽が…
あの日みたいに、綺麗だから…
臣)……
♡はそう言ったけど、
そうじゃないと思う。
この涙は、ハルくんを想ってる涙。
俺にはわかる。
♡が言う「あの日」は
俺と見たあの日じゃない。
きっと、お父さんと最後に一緒に見たっていう
夕陽のことだと思う。
そして今、♡の涙を見て。
もしかしたらその時、
ハルくんも一緒にいたのかなって…
そう思った。
♡の涙は、昨夜の俺の涙とは全然違って…
俺にとってレイカは過去だけど、
♡にとってハルくんは…
過去じゃない気がする。
もしかしたら♡は、
ハルくんが「待ってて」って言い残して
姿を消していたなら
ずっと今でも、
待ち続けてたんじゃないだろうか。
きっと大学生になっても
誰とも付き合わなかっただろうし…
俺と…出会っても……
そう思いかけて、考えるのをやめた。
だって…
恋愛も…人生も…
出逢う順番とかタイミングとかも
全部ひっくるめて「運命」だって
♡が言ってくれた言葉だから。
過去に辛い別れがあっても…
それがあるから今の♡がいて、
俺と出逢って、
俺を好きになってくれたことだって
俺は♡が言うように
「運命」だって信じたい。
♡)違うんだよ。
臣)え…?
♡)ハルくんとのことは、
悲しい思い出とかじゃ…なくて。
臣)……
♡)ずっと会いたいって、思ってたけど…
臣くんと出逢えてからは、
それが変わったの。
臣)……
♡)ハルくんも、今どこかで
元気でいるといいなって…
笑ってくれてるといいなって…
臣)……
♡)そう思えるようになったの。
♡が俺の顔を見て、柔らかく笑った。
♡)ハルくんの幸せは、ずっと願ってたけど
今までのとは違って…
臣)……
♡)ようやく、自分の人生と区別して
考えられるようになったっていうか…
上手く言えないけど…
臣)うん。
言いたいことは、なんとなくわかる。
♡が今、俺を想ってくれてるのは確かで。
ハルくんのことも
「引きずってる」とは
違うんだろう。
でも、じゃあどうして。
あの日から、ハルくんの話になると
戸惑った表情を見せるんだろう…
臣)この間…、さ。
♡)うん。
臣)駅で偶然会ったって…言ってたろ?
♡)……うん。
あの時は、その再会が
どれだけの再会かなんて
わかりもしないで聞いてたけど…
そんな風に別れてたなら、
きっとお互いに衝撃的な再会だったんだって
思うから…
臣)ハルくんと…何話したの…?
♡)……
臣)……
♡)……
♡は、最近よく見る
戸惑いの表情に戻って…
♡)久しぶりだね、って…
元気だった…?って…
臣)……
♡)でも…、ハルくん…
泣きそうだったの。
臣)…っ
♡が下唇を、キュッと噛んだ。
♡)私の方が、先に泣いちゃったけど…
臣)……
♡)ハルくんも、泣きそうな顔をしてて…
臣)……
♡)胸がしめつけられたみたいだった。
臣)……
それを聞いて、
小6の時の別れは
やっぱりハルくんにとっても
相当辛いものだったんだって、察した。
♡)その時は、すぐに別れたから…
全然話してない。
臣)……そっか。
♡)……
臣)……
励ますって言ったら変だけど…
俺は握ってる♡の手に力をこめた。
臣)クラス会でさ、話せるんじゃない?
♡)…っ
子供の頃に、
何も言えずに離れ離れになった二人が
大人になった今、
ちゃんと話せるといいなって
そう思った。
思ったのは本当だけど…
俺もそこまで出来た人間じゃないから…
臣)ハルくん…ハゲてたらいいな…
そんなことをボソッと呟いて。
♡)なぁに、それw
全然ハゲてなかったよw
♡はクスクス笑って、俺を見た。
臣)だってさ、すげぇイケメンとかに
なっちゃってたら…
お前、取られそうじゃん。
なんて、半分冗談で、半分本気。
♡)そんなの、ないよw
笑ってそう言ってくれるけど…
なんだろう、俺の勘。
もう妻子持ちだったらいいのにって思ったけど
絶対ハルくんはまだ独身で、
今でも♡のことを大切に想ってると思う。
最悪、ヘタしたら…
今でも「好き」。
臣)はぁぁぁ……
♡の膝を右足で跨いで。
両膝に♡を挟んで、ぎゅっと抱きしめた。
臣)ハルくんがイケメンになってても…
好きになるの禁止ーー
♡)……//
臣)キュンとか、ときめくのも禁止ーー
♡)……ふふ…っ
子供みたいな俺の言葉に、
♡は腕の中で笑ってる。
臣)もしもハルくんが、
今でもお前を好きでも…
♡)……
臣)心変わり、絶対禁止ーー
♡)……//
臣)クラス会で会っても、
カッコイイとか思うの、禁止ーー
♡)……ふふっ…w
冗談っぽく言ってるけど、
割と不安だったりする。
多分この先現れるどんな男より、
「ハルくん」が俺にとって
一番脅威になる気がするから。
♡)禁止がいっぱいだ♡
♡は無邪気に…可愛く笑うから…
臣)俺の側から…離れるの禁止ーー
♡)…っ
臣)……お前は…、俺の。
♡)……///
そうであって欲しいって願いながら、
抱きしめてる腕に、力を込めた。
臣)ずっとずっと…、俺の。
♡)……///
♡は俺を、ぎゅっと抱きしめ返して…
♡)ずっとずっと、臣くんのだよ…♡
……臣くん、大好き♡
大好きな声が、耳元で甘く溶けた。
砂浜に伸びる影が
うっすらぼやけて
背中で陽が沈んだことが、わかった。
ー続ー
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