今日はいよいよ
♡さんのミニLIVEの日。
♡さんは会社のイベントか何かで
今日は大阪から戻ってくるらしい。
会場の入り口で待っていると
♡さんが走ってやってきた。
♡)谷本さん!
おはようございます♡
谷)♡さん!おはようございます。
どうですか、調子は!
♡)えっ、調子…は…
元気です!!!w
谷)はい、元気そうですねw
緊張してますか?
♡)今のところ大丈夫です♡
谷)それは良かった。
小さい箱とはいえ
初めて人前で歌うわけだから
少しは緊張してるのかなと心配してたけど
いつも通りの可愛い笑顔。
ほっと一安心。
そのまま控え室に入って
今日の出演者の人たちにご挨拶。
♡)どうぞよろしくお願いいたします♡
男)わぁっ…可愛いねぇ!!
谷ちゃんとこの新人?
谷)ああ、いえ。微妙なところですw
男)ああ、そうなの?よろしくねーー♡
♡)はいっ♡
♡)今日はよろしくお願いします♡
男)ああ、ご丁寧にありがとう。
女)可愛い……
谷本さんのところの子?
谷)今…いろいろ準備中ですw
女)あら、そうw
華がある子ね♡
谷)ありがとうございますw
うーん…
少し挨拶して回っただけで
みんな♡さんの笑顔にメロメロだな。
スカウトした俺としては
鼻高々なんだけど…
松浦さんからは
早くYESと言わせろって急かされてるし…
どうしたもんかなぁ…
♡)わぁ!谷本さん!
この衣装すごく可愛いです♡
本当はこんな小さなイベントなんて
みんな私服だし
衣装なんて必要ないんだけど
♡さんが着たら
絶対似合うし可愛い!!!
と思う服を見つけてしまって
勝手に自分が用意しました、はい。
♡)これ着ていいんですか?♡
谷)はい。
♡)わぁぁぁ♡
ありがとうございます♡
谷)……//
ああ…そんな喜んでもらえるなら
用意して良かったです。
本当は…
今日のイベントはうちの会社は関係ないし
俺が来る必要もなかったんだけど
♡さんの初ステージなんて
一ファンとしては観たいに決まってる。
松浦さんから
動画を撮ってこいっていう指令もあるし。
♡)谷本さん見て見て〜〜♡
谷)…っ
着替え終わった♡さんが
俺の前で無邪気にくるっと一回転した。
♡)どうですか?♡
谷)か、可愛いでし…///
♡)あははっっw
谷)////
思わず噛んでしまった。
いや、でも本当に…
この衣装を選んだ自分を褒め称えたいほど。
七色のパステルのロングワンピースを
ヒラヒラと広げながら
ニコニコ笑うその姿は
天使…
いや、妖精?
いや…天女か??
その立ち姿だけで
凡人とは明らかに違うオーラがある。
もうすでに歌姫のような輝きを放つこの子が
あんなすごい歌を
今からステージで披露するなんて
いろんなステージを散々見てきた俺でも
鳥肌が立つくらい興奮する。
♡)えへへへ♡
すごく楽しみになってきたぁ♡
谷)////
可愛いなぁ…ww
俺は…♡さんの出番を一番最後にしてくれって
頼んだけど…
まぁ名無しの素人の要求が
通るわけもなく。
♡さんは7組いる中で
2番目にステージに上がる。
バタバタバタッッ
男)お、やっときたな、トップバッター!
瞬)やっべぇ!超ギリ!!
男)もう始まるぞーーー
瞬)うああっっww
♡)あれ…っ、瞬?!!
瞬)…っ
長身のイケメンが振り向いた。
瞬)え!!姉ちゃん!!!
え、え、何してんの!!!
♡)えええっ!本物だぁっ!!
え、え、「姉ちゃん」?!
♡さんの…弟?!!
瞬)え、まさか…姉ちゃんも出んの?!
♡)うん!
瞬)え、もしかして…
俺の次の「NO NAME」って
姉ちゃん?!w
♡)うん!それー!
瞬)まじかよ!!www
男)え、瞬の姉ちゃんだったの?!
女)さすが瞬の姉ちゃん。美人なわけだ。
瞬)すげぇびっくり。え、何歌うの?
♡)『花火』と『Happiness』だよ♡
瞬)え、『花火』って三代目の?
♡)うん!
瞬)え、音源は?
♡)普通のだよ?
瞬)え、俺弾いてやろうか?
♡)えっ!!
瞬)ギターで。
♡)えっ!!
瞬)姉ちゃんの声は楽器一本とかの方が
映えるよ。
♡)え……
♡さんが俺を見た。
いきなり現れたイケメン弟君の提案は
確かに間違いない。
♡さんの歌なんて
本当はアカペラで聴かせたいくらいなんだ。
谷)では、順番を入れ替えて
『Happiness』を先に歌ってください。
♡)えっ
谷)その後にギターで『花火』。
その方が絶対にいい。
♡)わかりました…
なんか…急にごめんなさい。
谷)いえいえ、全然いいんですよ!
楽しみにしてます。
♡)はい。
谷)それじゃあ僕は客席に行ってますね?
♡)はい!!
とりあえず音響に変更を伝えて
俺は客席へ。
しばらくすると照明がついて、
♡さんの弟が現れた。
本当にイケメンだな。
どんな歌を歌うんだろうと
興味津々で耳を傾けていると
さすが♡さんの弟。
なかなかいい声をしてる。
それにこんな小さな箱なのに
彼のファンらしい子もたくさん来ている。
女)瞬ちゃんの歌は本当にいいわぁ…
ぐすっ…ぐすっ
谷)…っ
隣にいたマダムが泣き始めた。
瞬くん…ファン層が広いな…!!
瞬くんが二曲終わって一旦はけると
♡さんがステージに上がった。
ワァァァッ………
それだけで歓声が上がって、
鳥肌が立つ。
彼女は本当に可愛い。
でも…
可愛いだけじゃなくて、
人を惹きつける力がすごい。
天性の…才能。
♡さんが軽く挨拶をした。
今のところNO NAMEのままだから
自己紹介できないのがかわいそうだな…
『Happiness』のイントロが流れて
♡さんが笑顔で歌い始めると
客席がシーンと静まり返った。
谷)……っ
ああ…そうだ。
たまにある、この感覚。
大物だろうが素人だろうが関係ない。
簡単には生まれない、この空気間。
そう。
観客が…
見とれているのがわかる瞬間。
息を飲んで、彼女の姿を見つめてる。
そんな視線を浴びながら
笑顔で歌う彼女の姿は、やはり天女のようで…
そのやわらかな歌声は…
この小さな会場なんて
簡単に飲み込んでしまうようだった。
ああ…
彼女はこの小さなステージには勿体無い。
俺は心底そう感じた。
♡)ありがとうございました♡♡
彼女が一曲歌い終えると
会場からは拍手の嵐で…
約束通り、後ろから瞬くんが出てきた。
そのサプライズ登場に
彼のファンがどよめいて
それに気付いた彼が機転を利かせて
マイクを手に取った。
瞬)また出てきちゃいました、すいませんw
ええと、いきなりなんですけど
「姉」ですw
女)姉っ?!
あの可愛こちゃん、瞬ちゃんの
お姉ちゃんだったの!?
谷)……
隣のマダムの目が大きく見開いた。
瞬)なので急遽コラボしまーすw
瞬くんが椅子に腰掛けて頷くと
♡さんは『花火』の出だしを
アカペラで歌い始めた。
いつの間にそんな打ち合わせをしたのか。
突然変わった彼女の声色に…
切なく胸を締め付けられるような歌声に…
また会場が、一瞬で飲み込まれた。
観客が目を奪われてるうちに
ギターが優しく入ってきて…
この曲をギター一本でなんて
聞いたことがなかったけど
雰囲気がガラッと変わるし、何より…
女性の声で…いや、違うな。
♡さんの声でこんな風に歌いあげるから…
知ってる曲なのに
全く違う表情を見せるんだ。
もともと女性詞のこの歌は
突然現れた歌姫によって
また違う輝きを放つ、
切ない恋の歌に生まれ変わった。
この瞬間を一瞬も撮り逃すまいと
俺は必死でカメラを向ける。
彼女が歌い終えると
拍手は鳴り止むことはなくて
ステージからその姿が消えると
一瞬アンコールが沸き起こった。
でもタイムテーブルもあるし…
我に返った人たちは
すぐに大人しくなって
3組目の歌い手がステージに現れた。
こんな雰囲気の中じゃ
かなり歌いにくいだろうなぁ…
だから彼女をトリにしろと言ったのに。
とりあえず任務を終えた俺は
控え室に戻った。
男)丁度1ヶ月後に
もう少し大きい箱でやるんだよ。
女)ね、あなたも出て!!
♡)あの…っ
ああ…
歌姫にはもうチャンスが舞い込んでる。
男)デビュー予定とかないの?!
女)今回が初めてって本当!?
♡)はい……
少しうろたえた様子の歌姫が
俺の姿に気付いて…
♡)あ!谷本さんっ♡
谷)お疲れさまです。
♡)お疲れさまです♡
パタパタとかけよってきた。
♡)緊張しましたぁ//
谷)またまたw
すごく堂々としてましたよ?
♡)えーーっ!!
谷)動画もバッチリ撮れました♡
♡)わぁっ
ピロリロリロ♪ピロリロリロ♪
早速BOSSからの連絡だ。
谷『はい、谷本です。』
浦『LIVE終わったかー?』
谷『……』
浦『2番手だったんだろ?
もう終わったんじゃねーの?』
気になって仕方なかったんだろうな…w
谷『終わりましたよ。
動画も撮りました。』
浦『ご苦労w
♡連れて戻ってこいよ。』
谷『え、会社にですか?』
浦『うん。まだ俺時間あるから。見たい。』
谷『わかりました。』
ピッ。
本当はあの人…
生で見たかったんだろうなぁ…w
谷)♡さん、今から一緒に
会社まで来てもらえますか?
♡)えっ!今からですか?
谷)はい、ちょっと予定外ですが。
♡)わかりました。
歌姫をさらっていく俺に突き刺さる
うらめしい視線。
♡)瞬じゃあね!ありがとね!♡
瞬)おう!また連絡するわー!
♡)うん!お疲れさまー♡
瞬)おう!
ーーーーー
待ってましたと言わんばかりに
俺からカメラを奪った社長は
しばらく映像を眺めて
満足そうにニヤッと笑った。
浦)いいねぇww
谷)……
細めたその目は
期待以上だと言いたげだ。
浦)♡、どうだった?今日。
♡)え…?
浦)実際ステージに立って
大勢の前で歌ってみて。
♡)えっと…すごく楽しかったです。
浦)何が楽しかった?
♡)なんか…お客さんの顔が
一人一人見えたんです。
真剣に聴いてくれてる人とか…
泣きながら聴いてくれてる人とか…
本当に一人一人。
浦)うん。
♡)私の歌が…聴いてくれてる人達に
ちゃんと届いてるんだなって…
それを実感できたのが嬉しかったです。
浦)うんうん。
♡)……
浦)もっと歌ってみたくなったろ?
♡)え…?
浦)もっと大きい箱で
もっとたくさんの人に
聞いてもらいたくないか?お前の歌。
♡)……
浦)お前がYESと言えば
いくらでもそんなステージを
用意してやれる。
♡)……
浦)歌えよ。
お前が歌わないのは勿体無い。
お前の歌は万人に聞かせる価値がある。
♡)……
浦)…どうしたらその気になる?
♡)まだ…自分でもわからないので…
時間もらえませんか…?
浦)……
♡)……
うーん、攻防戦だな。
♡さんが決断を迷ってる理由も
俺にはわからないし…
社長は早く動き出したくて
仕方ない感じだし…
浦)わかった、また連絡するよ。
♡)はい、すみません。
浦)今日はお疲れさん。
♡)お疲れ様でした!
では…失礼します。
谷)お疲れさまでした。
♡さんが部屋を出て行くと
社長がすぐ立ち上がった。
浦)谷ちゃん、
6月の❀❀フェス、♡にしよう。
谷)えっ!!
でもあれは…もう
リノアが出演するということで
先方の了承ももらってます。
オープニングアクトで…
浦)わかってるよそんなん。
ギリギリまでその予定で、
向こうにはピンチヒッターって形で
直前で♡を出させる。
谷)え、でも…リノアは…
浦)リノアは違う仕事用意してやって。
なんか適当に。
で、♡のスケジュールは
ちゃんと押さえとけよ?
谷)……
❀❀フェスは…
今日とは規模が全然違う。
5千人くらいが集まる大きなイベントだ。
谷)♡さんには何を歌わせるんですか?
練習もなしに
ステージに立たせるんですか?
浦)まぁ一晩あればなんとかなるだろw
谷)…っ
浦)前日にでも
明日の仕事はフェス出演になったって
連絡してやれ。
谷)そんな…
浦)大丈夫、あいつはできる。
谷)……
浦)あとはまた仮歌の仕事とか適当なので
あいつ繋いどいて。
谷)……はい。
あんな宝物を
他に取られないように、って意味だ。
俺が部屋を出ると
♡さんが走って戻ってきた。
谷)どうしました?!
♡)あのっ、はぁっ、…これ!
衣装お返しするの忘れてたので…っ
谷)ああ、いいですよそれは。
差し上げます。
♡)えっっ!!!
あなたのために見つけた服だし
その服があなた以上に似合う人を
俺は多分見つけられない。
♡)え、え、でも…っ
谷)いいんです、もらってください。
♡)…いいんですか?
谷)はい。
♡)……嬉しいです///
谷)……
♡)これすっごく可愛かったから…嬉しい♡
大事にしますね♡♡
谷)はいw
♡)わーーいっ♡♡
谷)くすくすw
本当に無邪気だなぁ。
こんな可愛い歌姫を
早く世に送り出したいと考える社長の気持ちも
俺は痛いくらいにわかる。
谷)♡さん。
♡)はいっ
谷)今日のステージ…
本当に素晴らしかったです。
♡)…っ
谷)歌も…あなた自身も。
♡)……
谷)良いお返事…お待ちしてますね。
♡)……
谷)僕はあなたのファンですから♡
♡)ありがとう…ございます//
ペコリと頭を下げ、去っていく歌姫の後ろ姿を
俺はしばらく見つめていた。
谷)……
なんとなく感じてる。
俺だって社長と同じ気持ちだけど…
なんとなくの、俺の勘。
あの子はこの道を選ばない。
きっと。
ーendー
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