俺の好きな女は泣き虫だ。
嬉しくても泣く。
悲しくても泣く。
悔しくても泣く。
本当にすぐに涙を流す。
俺は…
あんなに純粋な奴を
見たことがない。
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あいつに初めて会ったのは
入社式の日の朝だった。
その日は少し緊張もしていたし
少し早めに家を出た。
余裕をもって会場に向かったけど
途中の駅前の公園で
迷子になっている子供を見つけた俺は
放っておけなくて…
入社式に遅刻覚悟で一緒に親を捜した。
子)うわぁぁん!ママ~!
T)あ~~もう泣くなw
絶対見つかるから!
子)だって~~
T)ほら、一緒に探すぞ。
子)ううう泣
T)ほらっ。
子)わっ!!
俺が肩車をすると
男の子はとりあえず泣き止んで。
T)とりあえず交番向かうけど…
ママ探せよー?
子)うん!!
ママー!!どこー!!
男の子が俺の頭の上で
大きな声で叫んだ。
周りの奴らがすげぇ見てくる。
こんだけ目立ってたら
親も見つかんだろ…
10分くらい歩くと、女の人の声がした。
母)さとし?!!
子)あ!!ママだ!!
母)さとしー!!!!!
母親は泣きながら駆け寄ってきた。
母)良かった!!さとし!!
子)うわぁぁん!!ママー!!
見つかって良かった…
と安心していると
母親の横で一緒に泣いてる女がいた。
♡)わぁぁ…良かったですね…
ぐすっ
母)ああ、ありがとうございました!!
一緒に探してくださって!!
♡)いえ!!
見つかって本当に良かったです♡♡
母)本当にありがとう!!
あの…あなたも…っ
母親が涙目で俺を見上げた。
母)さとしと一緒にいてくださって
ありがとうございました!!
T)いえ!!
さ)お兄ちゃん!ありがとう!!!
T)おう!良かったな。
さ)うん!!!
母)本当にご迷惑をおかけしました。
すみませんでした。
ありがとうございます!!
♡)さとしくん、
もうはぐれないように
ちゃんとママと手繋いでてね♡
さ)うん!!!
♡)それじゃ、失礼します♡
母)はい!!
もらい泣きしてた女は
俺に会釈をすると
思い出したように時計を見た。
♡)わぁっ!!どうしよう!!
そう言って、焦ったように走り出した。
つーかやべ!!
俺も入社式!!
本社のビルに向かって走ると
方向が同じみたいで
なんか彼女の後をつけてるみたいに
なってしまった。
♡)あなたも急いでるんですか?
T)はい!
♡)私も!今日入社式で!
T)あ、俺もです!
♡)わ!ほんとですか?
T)○○ビルで!
♡)え!私もです!!
T)え?●●社ですか?
♡)そうです!!
T)え!!一緒だ!!
♡)えー!!びっくりです!!
T)あははw
すごい偶然に驚きながら
一緒に走ったけど
結局俺たちは揃って入社式に遅刻して
人事課の主任に仲良く怒られた。
♡)怒られちゃったねw
T)だなw
♡)でも一人じゃなくて良かった♡
そう言って笑いかけてきた笑顔が可愛くて
俺は思わず目を逸らした。
T)……//
♡)えっと…Tくん?
T)うん。
♡)私、♡です。
これからよろしくね♡
T)うん。よろしく。
これが♡との出会いだった。
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入社式から一週間、
びっしり新人研修があって
その期間で同期のメンバーは
一気に仲良くなった。
♡はすごくいい子で…
その親友らしいKって奴は
めちゃめちゃ口が悪くて…
でも二人ともキレイだから
周りの男どもは色めき立ってた。
新人研修が終わると
それぞれ現場に配属されて
地獄のような日々が始まった。
俺らの代は一番厳しく育てられた代で
業務量もハンパじゃなかった。
毎日夜遅くまで仕事をしては
朝早く出社する。
特に俺と♡は
いつも0時近くまで残業をしては
朝来るのもどちらかが一番だった。
T)お前…ちゃんと寝てんの?
♡)寝てるよーw
Tくんこそ寝てるの?
T)うん。つーか俺は男だから
大丈夫だけどさ…
お前身体大丈夫??
♡)大丈夫だよ!!
T)なんでそんな頑張んの?
♡)だって…早く仕事覚えたいんだもん。
私、頭も良くないし
要領も良くないし…
人より頑張らないと
ダメだってわかってるから…
T)……
不器用なのに
自分なりに一生懸命頑張ってんだな…
♡)それに…
どうせ同じことやるなら
全力でやった方が絶対自分も
成長できると思うから!
T)それは俺も思う!!
♡)え?
T)手抜きしたり
中途半端にやるよりさ…
全力でやった方が
気持ちいいっていうか…
達成感とか成長感も感じられるよな。
♡)うん!!
T)俺も…早く一人前になりたい。
まずは契約一本取るところから
なんだけどさw
♡)頑張ってね!!
応援してるよー!!
T)ありがとw
一緒に頑張ろうな。
♡)うん!!!
頑張ろう♡♡
そう言って笑う
♡の笑顔に癒されて…
俺はがむしゃらに毎日働いた。
それでも…
覚える仕事もやらなきゃいけない仕事も
山積みで…
でもどんなにキツくても
諦めたくなかった。
♡は…
絶対ツラいはずなのに…
いつ顔を合わせても笑顔だった。
でも…
いつも皆の前で笑顔を絶やさない♡が
一人で泣いているのを二度見たことがある。
一度目は入ってまだ1ヶ月くらいの頃。
仕事でミスをしたみたいで
給湯室で一人で悔し泣きしてた。
俺は声をかけられなくて…
涙を拭いて給湯室からデスクに戻って行く
♡の後ろ姿をただ見てた。
でもやっぱり心配で気になって…
コーヒーを買って
♡のところに持っていくと…
♡は何事もなかったかのように
笑って「ありがとう」って…。
二度目は半年後くらいだったかな…
♡が悪いわけじゃないんだけど…
こっち側のミスでクライアントに
迷惑をかけてしまった日のことだった。
休憩室で♡は一人で泣いてて…
今度こそ声をかけようと
俺がドアを開けようとした瞬間、
「よしっ!!!!」
♡は大きな声でそう言うと
勢い良く立ち上がって
走って部屋を出て行った。
様子が気になった俺はその後
♡がいる部署の方をうろついてみたんだけど…
♡はまた笑顔で仕事をしてた。
なんなんだあいつは…
きっと…俺が知らないだけで…
みんなが知らないだけで…
こうやって一人で泣いてることも
何度もあるんだろうな。
それでも負けないで
諦めないで立ち直って、また頑張る。
すげぇ強い女だなと思った。
いや、違う。
強いわけじゃないのに強くあろうと
頑張ってる。
♡はそんな、前向きで真っ直ぐな奴だった。
俺は…
そんな強さやひたむきさに
気付いたら惹かれ始めていた。
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自分の気持ちを確信したのは
♡が貧血で倒れた日だった。
一緒にエレベーターに乗ってる時に
♡はいきなり倒れて。
心臓が止まるかと思うほど
焦ったのを覚えてる。
俺はすぐに♡を医務室に運んで
心配でずっと付き添ってた。
目を覚ますと♡はゆっくり起き上がって
力なく笑った。
T)無理しすぎだよ、少し休め。
♡)情けないなぁ…
T)何が?
♡)もっと頑張りたいのに
こんな…倒れちゃうなんて…
T)お前十分頑張ってんじゃん。
♡)……
T)……
♡は悔しそうな顔をして
目に涙を溜めながら…
それでも、ぐっと堪えて
笑ってみせた。
♡)ありがとう。
心配かけてごめんね?
もう大丈夫だから。
泣きそうなくせに
無理して笑う♡の顔を見てると
俺は胸がしめつけられて…
気付いたら、♡を抱きしめてた。
♡)Tくん??
T)……
なんでこんな一生懸命なんだろう。
絶対弱音を吐いたりしない。
たまには弱いとこ見せてくれたって…
頼ってくれたって、いいのに。
俺が守ってやりたい。
側にいて支えてやりたい。
ああ…そうか。
俺…こいつが好きなんだ。
♡への気持ちに気がついて、
俺は抱きしめる腕に力が入った。
♡)Tくん??苦しいよ…
T)うん……
♡)??
力をゆるめて♡の顔を覗くと
きょとんとしてる。
ああ、やっぱり好きだ。
そうか…
きっとずっと、好きだったんだ俺。
愛しい気持ちが込み上げて
♡の頬にそっと触れると
♡は顔を真っ赤にして
俺を突き飛ばした。
T)何すんだよ!
♡)何するのー!//
T)え?
♡)変な顔して
いきなり触ってくるんだもん!//
T)ダメなのかよ!
♡)エッチ!!
T)は、はぁ?!///
♡)触んないで!//
T)嫌だ。
♡)え…っ
T)触りてぇもん。
やっと自分の気持ちに気付いたんだ。
♡のことが好きだって…。
少しくらい触ったっていいじゃん!
俺は自分の気持ちを確かめるように
もう一度♡を抱きしめた。
♡)ちょっとぉ!!//
T)……
♡)離してよぉ!!
T)嫌だ。
♡)やぁっ//
T)お前貧血なんだから大人しくしろよ!
♡)…っ
T)……
♡が大人しくなって
しばらく抱きしめた後、
俺が力をゆるめると
思いきりビンタを食らった。
T)いってぇ!!!!
♡)ばかぁっ!!!!
そう言うと♡は
ふとんを顔までかぶって隠れた。
T)……///
あ~あ…可愛いなぁ~~
俺…、絶対こいつの側にいて
こいつのこと守ろう…。
そう思った。
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それからしばらくして
俺は初受注を決めた。
同期の中で一番だった。
ずっと断られていたクライアントで
何回も何回も通って
しつこいってキレられたこともあった。
それでも諦めずに通い続けて
やっと取れた契約だった。
俺は本当に嬉しくて
会社に戻ると一番に♡のところに飛んでった。
俺が報告すると、
♡はびっくりして立ち上がって
目からポロポロ涙をこぼした。
♡)わぁぁ…良かったね!!
ぐすっ…ぐすん…
T)なんで泣くんだよ…っ
♡)だって…嬉しいんだもん…
T)…っ
♡)Tくんが本当に頑張ってたの
私知ってるもん…
T)うん。
♡)本当に本当におめでとう…っ
こんなキレイな涙…流すんだ。
T)……
俺は…契約が取れたことは
もちろん嬉しかったけど…
自分のことのように喜んでくれる♡の気持ちが
何より嬉しくて。
思わず抱きしめたら、突き飛ばされた。
でも…
この笑顔が見られるなら
俺はいくらでも頑張れるって…
そう思った。
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俺のことを生意気だとか言って
陰で文句言ってる奴や
嫌がらせしてくる奴もいたけど
俺はそんなのに構ってる暇はなかった。
俺もそんなに要領がいいタイプじゃないけど…
でもやる気と根性だけは
誰にも負けない自信があったし
とにかく早く一人前になりたくて
早く数字を上げたくて
必死に頑張った。
そのうち俺が数字を上げはじめると
そんな奴らも何も言えなくなって
大人しくなった。
その頃には現場の状況を見かねた社長が
現場改革をしてくれて
人員も増えて業務負荷も減り、
俺らの次の代からは育成制度も整って…
やっと人らしい生活が送れるようになってた。
30人いた同期はもう半分に減ってたけど…。
メンタルをやられて辞めてく奴や
実際に身体を壊して辞めてく奴もいた。
だから…今残ってる奴は
みんな強い奴ばっかりだ。
キツい時期をなんとか乗り越えてきた仲間。
仲間の存在や♡の存在が
俺には本当に大きくて…
それからも俺はメキメキ数字を伸ばした。
でも…
どんなに頑張っても…
絶対抜けない男が一人だけいる。
Jさんだ。
ある日の営業会議で
Jさんのクライアントを
振り分ける話になった。
部長が困ったように切り出して…
部)Jがガンガン契約取ってくるから
Jの件数増えすぎてるんだよ。
だからJの顧客を
何人かに振り分けようと思ってる。
J)うーーん。
部)どうした。
J)振り分けたいのは
やまやまなんですけど…
難易度高いですよ?w
部)そこなんだよな~
J)僕、自分で言うのもなんですけど
グリップも強いですし。
部)引き継ぎに出したら
クレームになりそうか?
J)まぁそれは後任の腕次第ですけど。
なんだよ。
俺たちじゃ力不足だって言いたいのかよ…
J)でも結構クセがあったり
やりとりするのが難しい
お客さんも多いんで。
でも…あんたはそれをやってんだろ。
そんなのをこなしながら
それでもガンガン数字上げてんだろ。
部)誰か、やりたい奴いないか。
って、お前ら目そらすなよ!w
もらいたくない気持ちはわかるけどさw
J)あはははw
やっぱりそうなっちゃいます?
T)俺やります!!
部)おお!T!!
T)くれるんなら、くれるだけください。
J)え?本気?
T)本気ですけど。
J)相当大変だよ?
T)やります。
部)いや~良かった!!
お前ほんと頑張るよな~~
Tなら大丈夫なんじゃないか?
J)そうですねぇ…
部)よし!!
じゃあ詳しくは明日三人で
打ち合わせして決めよう!
T)はい。わかりました。
J)了解でーす。
周りはみんなほっとしたように
会議室を出て行った。
J)Tくん…ほんとにやるの?
T)やります。
J)どうして?
T)だって…俺、一番になりたいんです。
J)え?
T)いつか絶対、Jさん抜きたいから。
J)……
T)Jさんのクライアント…
大変なのはわかりますけど
大変な仕事だからってずっと避けてたら
いつまでも成長出来ないし
Jさんに追いつけないから。
J)……
T)俺もっと早く成長したいんです。
J)ふっw
T)なんで笑うんすか!
J)ほんとに素直だなーって思ってw
T)え?
J)Tくんって思ったこと
ほんと何でも言っちゃうよね。
憎めないんだよな~
T)だったら…
どうやったらそんなに売れるか
教えて下さい。
J)そのうちね~♪
T)あ!またそうやってはぐらかす!
J)あはははw
でも…
T)え?
J)俺のクライアント…
任せるならTくんかなって思ってたよ。
T)え…っ!マジっすか?!
うわ…、すげぇ嬉しい。
俺のこと…認めてくれてるってことか?
J)頑張ってね♪
T)はい!!頑張ります!!
俺は…
どう足掻いてもJさんに敵わないのが
いつも心底悔しいんだけど…
Jさんのことは本当に尊敬してた。
めちゃめちゃ仕事が出来るし
その実力は周りの比じゃない。
こんなすげぇ人がいるんだ…って
入社したばかりの頃は
衝撃を受けたのを覚えてる。
でも…絶対…
絶対いつか抜いてやる!!
そう思うとまたやる気がみなぎってきた。
♡)Tくん?
T)あ!♡!お疲れ!
♡)なんかご機嫌だね?♪
T)うん!
♡)あはは♡お疲れさまー♪
そう言ってそのまま通りすぎようとした♡を
後ろから抱きしめると
振り返ってまたビンタされた。
T)いてぇっ!!
♡)何するのー!!//
T)なんか…テンション上がってたから…
♡)テンション上がってたら
いきなり抱きつくの?!
もう!最低!!
♡はそう言うと怒って
そのままいなくなった。
うーーん…
♡への気持ちに気付いたものの、それ以降
俺はそれをどう表現していいのか
わからないでいた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
♡はとにかくモテる。
とりあえず見た目はめちゃくちゃ可愛い。
芸能界にいてもおかしくないくらい…
いや、芸能界にいても
ダントツ人気なんじゃないかっつーくらい
本当に可愛い。
♡が仕事でたまに
俺らの部署の方に来ると
それだけで周りの野郎共はうるさかった。
連絡先知りたいだの…
デートしたいだの…
ひどい奴だと一回でいいからヤリたいだの…
みんな好き勝手言ってて。
いっそあいつが俺の女だったら
手ぇ出すな!!近寄んな!!
って言えんのに…
♡は確かに可愛いけど…
中身もろくに知らないで
あいつの見た目だけで
可愛い可愛いって騒いだり
簡単に告白したりするような奴が多くて
俺はうんざりだった。
俺はというと…
同じように俺の見た目だけで
寄ってくる女がたくさんいる。
俺の中身なんて見てない。
俺は女姉弟ばっかりの中で育ったから
女に幻想なんて抱いてないし
女がどれだけ現実的で
裏表があって
恐ろしい生き物かよくわかってる。
ぶりっ子してる女も
猫かぶってる女もすぐ見抜ける。
女だって平気で浮気したりするのも
わかってる。
周りの友達は結構遊んでるし
女の子がいる店に誘われたりもするけど…
俺はそーゆーのにあまり興味がない。
俺が欲しいのは
見た目だけキレイな女でも
うわべだけの甘い言葉でも
一瞬の快楽でもない。
それに…
♡は真面目だから
そーゆーのを絶対嫌がるってわかってる。
付き合ってるわけじゃないけど…
あいつのことが本当に好きだから
あいつが少しでも嫌がりそうなこととか
あいつに対して後ろめたくなるようなことは
絶対したくない。
なのに…
真面目すぎるとか
カタいとか
周りに笑われるくらいなのに…
肝心のあいつは俺のこと
チャラいと思ってる。
こんなにあいつしか見えてないのに
なんでだよ。
ー続ー
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