［129］過酷な撮影

♡）土曜日は本当に
　　ありがとうございました♡
先）こちらこそ〜〜！！
先）もうほんと、一生の思い出よ！
先）うんうん♡
Ｍ）豪華でしたよね〜〜〜♡
海）7人全員揃ってるとか…
　　本当に大興奮でしたっ///
先）生歌！！生歌ヤバかった！！♡
先）ほんとにあのヴォーカル二人
　　カッコ良すぎよ〜〜〜///
　
　
月曜日のランチ。
　
話題はずっと誕生日会のこと。
　
　
海）やっぱり三代目カッコイイなぁ…///
先）うん。生で見ちゃうと…
　　ジャニーズよりいいかもとか
　　思っちゃったw
先）あたしも！！w
Ｋ）あたしはSMAP命です。
Ｍ）そこは根強いですねw
♡）あはははw
先）♡ちゃんはあんな素敵な生歌を
　　いつでも聴けるのね〜〜〜♡
　　羨ましいわ♡
♡）……えへへ///
　
　
臣くんと隆二くんが歌ってくれた
『君となら』は、本当に素敵だった。
　
　
Ｍ）でも私、ちょっと意外でした。
♡）え？
Ｍ）先輩があんな人前で
　　普通に登坂さんに抱きついたりして。
♡）……///
Ｋ）確かに。珍しいよね。
♡）なんか…嬉しくて…
　　テンション上がっちゃって…///
　
　
冷静な今そう言われると、すごく恥ずかしい。
　
　
先）でも…♡ちゃんは甘えんぼな感じだし
　　割とキャラと合ってるけど…
　　登坂くんの方が意外だったなーー
先）わかる！
先）前に一度、おうちに
　　お邪魔させてもらった時は…
　　なんていうかもっと
　　クールなイメージだったから。
先）そうそう。
　　でも土曜日は…なんか甘々だったよね。
先）うん。♡ちゃんのこと、
　　可愛くて仕方ないって感じで。
海）あんなメロメロ登坂さん
　　見たことないです…///
♡）////
　
　
そ、そんな風に見えてたのかな…？
　
　
先）結婚パーティーみたいだったなーーw
Ｋ）あはははっw
先）ほんとラブラブで羨ましい♡
海）憧れます♡
♡）////
　
　
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今日は『Unfair World』のMV撮影、二日目。
　
朝から緊迫した雰囲気で
スタジオに集まって。
　
　
いつもは賑やかな待ち時間も
誰も何も喋らない。
　
みんな自分の演技に向けて
集中力を高めてる。
　
　
臣）……
　
　
昨日は監督とマンツーだったから
まだやりやすかったけど…
　
メンバー全員一緒ってなると
ちょっとやりにくい。
　
てゆーか、なんかやっぱりお互い
照れもあるわけで。
　
　
でもそんなこと言ってられないような
ガチの空気感が漂ってるから
俺も神経を集中させる。
　
　
ヴォーカルのリップシーンからスタートして
すぐに監督に止められた。
　
　
紀）もっと、感情消して。
隆）え…？
紀）悲しみで心を失くした人形が
　　歌ってるようなイメージ。
臣）…わかりました。
　
　
リップシーンはいつもは実際には
軽く口ずさむ程度だけど
カメラ映えするように大げさに演技する。
　
でもそれをするなって言われたから…
　
俺と隆二は魂抜けたような感じで
ただうっすらと唇を開けて歌った。
　
　
紀）そうそう、そんな感じ。
　　遠くを見るような感じで。
　　一旦これで撮ります。
　
　
一回目のリップシーンを一通り撮り終わると、
今度は監督が一人一人に
丁寧に説明して回る。
　
　
次はパフォーマーの泣きのシーン。
緊張感が高まる。
　
　
紀）はい、じゃあいきます。
　　演技するのはやめて、絶対。
　　自分の中にある悲しみを爆発させて。
　
臣）……
　
　
昨日みたいに
流れがあって泣くなら入り込めるけど…
　
こんなスタジオの中で
はい今から泣いてくださいっていうのは
本当に集中しないと難しくて…
　
　
紀）感情を全部外に出して！！
　　カッコ悪いとか考えない！！
　
　
どんどん監督に煽られて
みんなが世界に入り込む。
　
そんな中、
今度のリップシーンはいつも通り。
　
　
紀）今市くん、登坂くん、
　　次は感情入れていいよ。
臣）はい。
隆）わかりました。
　
　
パフォーマーとフォーメーションを組まされて
ペアを入れ替えたりしながら
お互いにお互いの肩に手を置いたり。
　
パフォーマーは泣いてるから
その悲しみみたいなのが
肩から伝わって来る。
　
　
臣）…っ
　
　
真剣にリップシーンを進めるけど…
　
　
紀）もっとだよ！もっと！！！
　　大切な人を守れなかったんだ！！
　　そんな悲しみじゃないだろ！！
　
　
その言葉に、
どんどん空気が研ぎ澄まされていって…
　
　
紀）心の底から叫ぶような
　　魂が抉られるような
　　そんな悲しみがあるだろ！！
　　もっと出して！！
　
　
スタジオ全体が…
嘆きや憂いの感情に染まっていく。
　
　
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
　
　
課）♡ーー！
　　また連絡きたぞ！！汗
♡）え？
　
　
ランチから戻ってくると
課長が慌てたように私に声をかけてきた。
　
　
課）〇〇社の部長さんが
　　お前に来てほしいって！
皆）ええええ！！
　
　
私が返事するより
みんなの声の方が早かった。
　
　
Ｍ）何あのおじさん！！
　　また先輩に嫌がらせする気！？
Ｋ）しつけぇ〜〜〜
♡）えっと…
　　なんて連絡来たんですか？
　　資料とかは…
課）何も持ってこなくていいから
　　来てくれって。
♡）え……
　
　
一体どうしたんだろう。
　
　
♡）じゃあ…とりあえず行ってきます。
Ｍ）えーー！心配！！
課）もしなんかされたらすぐに連絡しろよ？
♡）大丈夫ですよw
Ｋ）気をつけてね！！
♡）うんっ！
　
　
それから外出準備をして
ホワイドボードに戻り時間を書いた。
　
　
♡）行ってきまーす！
皆）行ってらっしゃい！
　
　
みんな心配そうだけど…
私もちょっと不安だけど…
　
資料いらないってことは
私に用事があるのかな？？
　
　
♡）ふぅ……
　
　
毎日少しずつ暑くなって
日陰を探して歩くのが大変。
　
コンクリートの照り返しで
ジワジワ暑い通りを抜けて、
ビルにたどり着くと…
　
　
警）お疲れさまです！
女）お疲れさまでーす！
警）行ってらっしゃい！！
男）行ってきます！
　
　
フロントには
この間の警備員さんが立ってた。
　
　
♡）こんにちは♡
警）ああ！♡さん！こんにちは！！
♡）暑いですねーー
警）あはは、中で涼んでいってくださいw
♡）はい♡
　
　
ニコニコ笑顔で
なんだか私まで元気をもらった気分。
　
　
エレベーターを上がって
応接室に通されると…
　
前回と同じように
部長と男性社員が二人一緒に入ってきた。
　
　
男）すみません、わざわざ来ていただいて。
♡）いえ♡
部）ふん。相変わらず暇なんだな。
♡）あはははw
　
　
そんな話をしてると
私を案内してくれた女の人が
お茶を持ってきてくれた。
　
　
女）どうぞ。
♡）ありがとうございます♡
　
　
女性が部長の前にお茶を置くと…
　
　
部）…………ありがとう。
　
　
すごく小さな声で、部長がそう言った。
　
　
♡）…っ
　
　
みんなが止まってると…
　
　
部）なんなんだよ！
　　ありがとうと言ったんだよ！
　　もういいから出て行きたまえ！///
　
　
部長は顔を真っ赤にしてそう言って…
　
　
女）……ぐす…っ
　
　
女性は泣き出してしまった。
　
　
部）ど、どうして泣くんだ！！
　　なんなんだ君は！！！
女）…っ
　
　
女性は涙を拭いて、静かに答えた。
　
　
女）部長からありがとうって言われたのが…
　　初めてだったので…すみません…
部）…っ
女）どうも…ありがとうございます。
部）……///
　
　
女性は頭を下げて、部屋を出て行った。
　
　
部）ふんっ！意味がわからんっ///
男）くすくすw
部）何を笑ってるんだ！！
男）いえ…w
♡）……？？
男）実は今、うちの会社で
　　ありがとうキャンペーンっていうのを
　　やってるんです。
♡）え？？
男）社内で、誰にでもいいから
　　1日に3回は「ありがとう」って
　　言葉にして伝えること。
♡）…っ
男）そういうキャンペーンなんですw
♡）そう…なんだぁ……
　
　
だから…部長も…
　
　
♡）ふふふ♡
　　素敵なキャンペーンですね♡
部）ふんっ！///
♡）さっきの方も、嬉しそうでしたし♡
部）君みたいに能天気でお気楽な性格なら
　　いくらでも言えるんだろうが…
　　私にはただの拷問だ。
♡）あははは♡
部）何が面白いんだ。
　　私は大体いつも怖がられるんだぞ。
　　この顔だしな！
♡）……
　
　
確かに部長は…顔は怖いけど…
でも…
　
　
♡）そんな人が笑ってくれた時の方が
　　嬉しいですよ♡
部）私は笑っても怖い顔だ。
♡）あはははっ♡
　　笑顔が怖い人なんていないですよ♡
部）…っ
♡）笑顔はみんな絶対に素敵だし
　　相手の心を幸せにします♡
部）……ふんっ///
　　相変わらず能天気なお嬢様だな。
　
　
部長はそう言って、
この間私が届けた資料をテーブルに広げた。
　
　
部）我が社に提案ができる人間を連れてこい。
♡）え…？
部）契約をするかは決めていないが
　　検討はしてやってもいい。
♡）本当ですか？
　
　
でも…
だったらどうして私に…
　
　
♡）では、担当の部署の者から直接…
男）ああ、違うんです、♡さん。
♡）え？
部）君が適任だと思う人間を連れてこい。
♡）え…っ
部）こっちも無駄な時間は
　　使いたくないからな。
　　無能なプレゼンをされては困る。
♡）……
部）君から見て、一番有能な人間を
　　連れてこい。
♡）……
　
　
そう言われて黙っていると
女の人が呼びに来て
部長は一旦、部屋を出て行った。
　
　
♡）…適任だと…思う人間……。
　
　
私が選ぶってこと…？
　
　
男）すみません、なんだかいつも
　　失礼な言い方で…。
♡）あ、いえ…っ
男）部長は、♡さんのことを
　　気に入ってるんですよ。
♡）えっ…
男）今まで、♡さんの会社の営業マンが
　　何度もうちにお見えになってますが…
　　部長は誰とも会ったことないんです。
♡）……
男）でも、あなたが連れてきた人の話なら
　　聞いてみたいって。
♡）……どう…して……
男）♡さんが先週うちに来てから
　　社長がありがとうキャンペーンを始めて…
　　本当に社内の雰囲気が変わったんです。
♡）…っ
男）部長は…言い方も態度も
　　あんなんですけど…
　　あなたの人間力に惹かれてるんだと
　　思いますよ。
♡）……
　
　
私がこの間したことは…
無駄じゃなかったのかな…
　
なんだかすごく嬉しい。
　
　
男）どなたか適任の方、おられそうですか？
　
　
そう聞かれて、
一番に頭に浮かんだのはＴくんだった。
　
　
♡）はい！！
男）ああ、良かった。
　　ではぜひ、よろしくお願いします。
♡）かしこまりました！♡
　
　
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
　
　
紀）はいカットーーー！
　
臣）……
　
　
もう何回リップシーンを撮ったかわからない。
　
かなりのテイクを重ねて、
最後のシーンが来た。
　
　
紀）登坂くんが愛する人を助けに行こうと
　　必死にもがく。
隆）はい。
紀）でももう手遅れだし
　　助けることは出来ない。
隆）……
紀）それでも彼は行こうとするんだ。
　　命がけで。
隆）……はい。
　
　

　
　
紀）今市くんはそれを体を張って止める。
隆）……
紀）登坂くんの苦しみや葛藤を
　　受け止めながら、必死に止めて。
隆）わかり…ました。
臣）……
　
　
俺は昨日の撮影を思い出して
目の前で倒れた♡の姿を頭に浮かべる。
　
愛してるのに…
誰より大切なのに…
　
助けられなかった。
守れなかった。
　
　
紀）5人は二人の周りを囲んで。
　　登坂くんの悲痛な叫びに共鳴するように
　　手を置いて。
　
　
スモークが焚かれて…
みんながスタンバイする。
　
　

　
　
紀）芝居するのはやめて。
　　自分の奥底にある本当の感情を
　　全部出して。
　
　
みんなが集中してる空気を
肌でピリピリと感じる。
　
　
俺は目を閉じて、世界に入り込んだ。
　
　
「臣くん」
　
　
俺を呼ぶ♡の声や…
　
いつも隣で笑ってくれる♡の笑顔。
　
　
それを失った、絶望的な世界。
　
　
♡が泣いてるのに…
苦しんでるのに…
　
手を差し伸べられなかった。
何も出来なかった。
　
もう隣に♡はいなくて……
　
　
臣）……っ
　
　
勝手に涙があふれてきて
胸が苦しくなる。
　
息が出来なくなる。
　
　
臣）あああ……ッッ！！！
　
　
行きたいのに、行けない。
　
隆二の力に全力で逆らって
手を伸ばすけど…
　
　
届かない。
　
いくら伸ばしても…♡には……
　
　

　
　
臣）……っく……ッ
　
　
涙が…止まらなくて…
　
　
感じるのは、みんなのあたたかい気配。
肩に感じるぬくもり。
　
　
俺は行き場のない右手で、
隆二にしがみついた。
　
　
臣）……ッ
　
　
……
　
　
…
　
　
紀）はいカット！！
　
　
今日もその声は、
どこか遠くで聞こえたような気がした。
　
　
臣）は…ぁ…っ
隆）…っ
　
　
隆二が俺の背中を優しく叩いてくれて…
　
　
紀）はいOK！全部終わりっ！！
　
　
監督のその声で、
やっとスタジオに酸素が流れてきたような
感覚だった。
　
　
臣）…っ
　
　
俺はスタッフさんにもらったタオルで
顔を拭いて。
　
さっきまで真剣な表情だった監督も
今は笑ってる。
　
　
メンバーもみんな、
どこか気が抜けたような…
やりきったような…
　
安心した表情になってる。
　
　
臣）あーー疲れたっ！！
　
　
俺がそう言うと、みんな笑った。
　
　
ほんとに疲れた。
何これ。
もう二度といいや、こんなMV…笑
　
心身ともにげっそりだよ。
　
　
隆）おつかれ。
臣）ありがと。
　
　
隆二と軽くハグをして。
　
　
隆）臣の勢いすごかったから
　　俺ほんとに必死だったわ。
臣）……
Ｅ）なんか臣がかわいそうで
　　ほんとに泣けてきた…
臣）え…？
健）♡ちゃん死んじゃったんやな…って…
臣）おい、勝手に殺すなし！！w
隆）あはははw
　
　
でもほんと…俺も泣き疲れた。
　
　
紀）本当にお疲れさまでした。
直）ありがとうございました。
　
　
一人一人、監督と挨拶をして
記念撮影をして。
　
　
紀）いや〜本当にありがとう。
　　みんなのことが大好きになりました。
Ｎ）恐縮です。
紀）今度一緒に飲みに行こうよ。
Ｎ）ぜひ！w
直）よろしくお願いしますw
　
　
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
　
　
Ｔ）は？！マジで！！？？
♡）うん。お願いしてもいい？
Ｔ）当ったり前じゃん！！
　
　
私が例の件を伝えると、
Ｔくんは快諾してくれた。
　
　
Ｊ）〇〇社といえば…
　　難攻不落の…
Ｔ）そうっすよーー！！
　　ほんと一回も決済者出てきてくれなくて…
Ｊ）みんな苦手だから
　　行かなくなるんだよねーーw
　　せっせと通ってたのなんて
　　Ｔくんぐらいじゃない？w
♡）……そうなんだ。
　
　
Ｔくん…
そんなずっと頑張ってたんだ。
　
　
Ｔ）マジでありがとう！！
♡）ううん♡
　
　
少しでも力になれたら嬉しいな。
　
　
Ｊ）それにしても姫はやっぱりすごいねぇw
♡）え？
Ｊ）性格に相当難アリのあの部長から
　　そんな話を持って帰ってくるとはw
♡）あ、でも…っ
　　そんなに悪い人じゃ……
Ｊ）あの部長さん、顔が良い人間が
　　大っ嫌いらしいんだよねーー
♡）えっ！！
Ｊ）だから俺も行くのやめたんだけどw
男）ぶっww
　　Ｊさんそれ、自分がイケメンって
　　言ってますね？w
男）あははは、さすがですw
♡）え、じゃあ…Ｔくんもダメ…？
Ｔ）えっ…///
Ｊ）いや、でもさ、そんな部長が
　　姫のことは認めたんだから
　　そのコンプレックスも
　　崩すチャンスなんじゃない？今が。
♡）そう…なのかな…
男）顔が良い人間が嫌いって…
　　女も男もですか？
Ｊ）うん、そうらしいよ。むしろ、
　　男より女の方が気に入らないみたい。
　　可愛いだけで調子に乗るな、みたいな。
♡）…っ
　
　
そういえば…
先週はそんなことを何度か言われたかも…
　
　
Ｔ）じゃあ今日は残って資料作るわ！
♡）あ、私も手伝うよっ！
Ｔ）ほんと？助かる！
　
　
女（なんなのあいつ……）
女（ほんと出しゃばってきてマジうざ…）
女（こっちの島に来んなっつーの…）
　
　
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
　
　
Ｎ）軽く飯でも行くかーーー
臣）そうっすね。
　
　
疲れ切って腹減ったし。
　
　
岩）ああ、すいません、俺ちょっと…
臣）……？？
　
　
撮影もインタビューも無事終えて
やっとみんなの顔に生気が戻った感じなのに
　
まだ一人でUnfair Worldの世界にいるような
顔をしてる岩ちゃん。
　
　
臣）どうしたの？まだ仕事あんの？
岩）いや……
　
　
すげぇ暗いんですけど。
　
　
健）体調悪いんか？
岩）あ、大丈夫です、すいません。
　
　
そう言って岩ちゃんは暗い顔のまま、
急いで出て行った。
　
　
Ｅ）どうしたんだろ。
臣）うん。
　
　
なんかあったのかな。
◇ちゃんか？？
　
　
仕方なく俺たちは6人で焼肉屋へ向かった。
　
　
　
　
　
ー続ー