許されない二人 〜short story〜

スポンサーリンク
スポンサーリンク

貴女の優しい声が、好きだった。
 
貴女の奥ゆかしい笑顔が、好きだった。
 
 
貴女を彩るその全てに、恋していた。
 
 
どこで何を間違えて、
こんな未来に辿り着いたんだろう。
 
 
悔やんでも、時間は戻らない。
 
 
大丈夫。
一人になんて、させないから。
 
 
寂しがりの貴女を、早く抱きしめたい。
 
 
必ず、迎えに行くから。
 
 
 
 
……
 
 
 
 

 
 
 
 
 
隆)ちょっと、ねーさん!
  ずるいじゃん!何これ!
〇)え?
隆)臣が食べてるおにぎり!
臣)ちょー美味い♪
隆)なんで臣だけなの!!
〇)だって…
  食べたいって言うから作ってきたの。
隆)俺だって食べたいよそんなん!
臣)ちょ、勝手に手ぇ出すな!
  絶対一口もやんねぇぞ!
隆)はぁ?!
  このドケチ!!
  ケチな男はモテねーぞ!!
臣)生憎十分すぎるほどモテてます〜〜w
直)喧嘩しない〜〜
  子供じゃないんだからw
健)食べ物の恨みは恐ろしいんやで…。
臣)えっ
健)ねーさんのおにぎり…
  独り占めにしたこと…
  一生忘れへんからな…。
臣)こえーよ!顔がマジだよ健ちゃん!w
隆)ばーかばーか!臣のばーか!
〇)ええと…ごめんね?
  食べたい人は明日作って来るから。
 
 
〇〇さんの言葉に
俺を除く全員が、一斉に手を挙げた。
 
 
直)こんなに作れないでしょ。
〇)大丈夫よ♡
隆)やったー!ちょー楽しみーー!!
岩)いえ〜〜い!♪
 
 
貴女はいつもそう。
ニコニコ笑ってみんなのワガママを
聞いてしまう。
 
 
前にELLYがサンドイッチ食べたいって
言い出した時も
早起きして大量に作ってきてくれて…
 
アップルパイを食べたいって言ったのは
誰だったっけ。
あの時もたくさん焼いてきてくれた。
 
 
仕事でもいつも周りのフォローばかり。
 
だから周りからは「ねーさん」なんて
頼りにされていて。
 
 
貴女は嫌な顔一つせず
いつも優しく笑うだけ。
 
俺はそんな貴女を
いつもほっとけないんだ。
 
 
直)ほんとに作ってくるの?明日。
 
 
二人になった控え室。
貴女は困ったように笑って見せた。
 
 
〇)喧嘩されちゃったら困るからね、
  作ってくるわよ〜♡
直)も〜〜〜〜
  どうして引き受けるかなぁ。
〇)直己くんはー?いらない?
直)…っ
 
 
そんなの、食べたいに決まってる。
 
でも…
 
 
直)手伝う。
〇)え?!
直)俺も一緒に作る。
〇)ええっ!!
 
 
予想外の俺の言葉に
楽しそうに笑い出す貴女。
 
 
〇)ほんとにー?w
直)うん。
〇)楽しそう!
  じゃあ一緒に作ろう♪
 
 
ああ、無邪気な貴女の笑顔が眩しい。
 
貴女に恋して、もう何年経ったろう。
 
 
わかってる。
俺なんて相手にされてない。
 
歳だって離れてるし
貴女の眼中にないってわかってる。
 
 
でも好きなんだ。
 
貴女のことが、こんなにも。
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
翌朝、食材を買い込んで
直己くんの家へ。
 
 
仕事の帰りとかに来たことあるし
みんなで飲んだりしたこともあるから
初めて入るわけじゃないのに
 
こんなにドキドキしてるのは
二人きりっていうシチュエーションと、
 
私が彼に対して、
誰にも言えない感情を抱いているから。
 
 
チャイムを鳴らすと
玄関で出迎えてくれた彼は、
もうエプロン姿。
 
 
〇)ぷっww
 
 
思わず笑っちゃった私に、
あ〜〜も〜〜〜バカにしてる〜〜〜
って怒ったフリをして
 
でもその瞳の奥は、すごく優しいの。
 
 
〇)男の人でエプロン持ってる人、
  初めて見たw
直)やる気を出したんだよ。
〇)おにぎり作るのに?
直)そう!
 
 
ドヤーって感じに胸を反らせる彼に、
また笑ってしまう私。
 
 
〇)あーあ、ほんと面白いなぁ直己くんw
直)あ、そこ足元気を付けてね。
〇)きゃっ!!
直)っと!!
 
 
つまずいた私を、大きな腕が
抱きとめてくれた。
 
 
直)ほらーー言ってるそばから…w
〇)ごめんね、///
 
 
触れられてる腕が、
なんだかじんじん、熱くなる。
 
 
直)ほんとおっちょこちょいだよね、
  〇〇さん。
〇)え〜〜〜?
  私、しっかり者のねーさんで
  通ってるんだけど?
直)はいはいw
〇)も〜〜〜!
 
 
呆れたように
優しく頭をポンポンってしてくれる
大きな手。
 
 
とくん…、とくん…、
 
 
ときめいてしまう胸の音を
隠すのに、必死。
 
 
直)見てみて、これ。四角いおにぎりw
〇)え〜〜!何これぇ〜!w
直)三角だけじゃつまんないじゃんw
〇)その発想はなかったなw
 
 
二人でおにぎりを作ってるだけなのに
どうしてこんなに楽しいんだろう。
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
俺がふざけたことをすれば
その度に無邪気に笑ってくれる貴女。
 
 
その笑顔が大好きで
貴女をどうにか笑わせようとする俺は
まるで小学生みたいだ。
 
 
いや、小学生はこんな邪な想い、抱かないか。
 
 
甘い香りがする貴女の長い髪に
顔を埋めたい。
 
細いその腰を、力強く抱き寄せたい。
 
柔らかに動くその唇を、塞いでしまいたい。
 
 
隣にいる俺が、こんな事ばかり考えてるなんて
貴女は思いもしないだろう。
 
 
〇)みんな喜んでくれるかな〜♪
直)今日は長丁場だからねーー
〇)絶対お腹も空くよねっ
直)うん。
 
 
ああ、ずっとこうしていたい。
貴女と二人で、このまま。
 
 
直)ちょっと、こっち向いてw
〇)え…?
直)ほっぺに鰹節ついてる。
〇)えっ!
直)どうやったらこんなとこにつくのw
〇)…っ
 
 
伸ばした指先で、そっと頬に触れると…
 
 
〇)////
 
 
一気に赤く染まった顔。
 
それを見て、俺まで顔が一気に熱くなった。
 
 
直)////
〇)////
 
 
ほんの少し、見つめ合っていると
貴女が我に返ったように視線を逸らした。
 
 
〇)ありがとっ。さ、残りも作っちゃおう!
  ねーさん頑張るぞーー!
直)…っ
 
 
今の数秒をなかったことにされたみたいで
寂しかったのか、
 
相変わらず縮まらない距離が
もどかしかったのか、
 
 
直)俺の前では自分のことねーさんって言うの、
  やめない?
 
 
口が勝手に動いてた。
 
 
〇)え…?
 
 
きょとんと俺を見上げる貴女。
 
 
〇)だっ…て…
  みんなそう呼んでくれるから…w
  もう自分でも定着しちゃったのよ。
 
 
また視線を逸らして、そんなことを言って。
 
 
直)意味、わかんない…?
〇)…っ
 
 
そっと肩を掴んで、こっちを向かせて。
 
 
少し屈んだ俺の顔と、貴女の耳元。
 
その距離、数cm。
 
 
直)俺の前では一人の女でいてってこと。
 
 
俺の言葉に、
貴女の耳が熱を持ったのがわかった。
 
 
〇)やだな、年上からかっちゃダメよ///
 
 
貴女は肩をすくめて
俺から逃げるように、距離を取った。
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
ダメ。
 
ダメ。
 
真に受けちゃダメ。
 
 
そう言い聞かせるので、精一杯。
 
 
直己くんはみんなといる時は
頼れるリーダーだったり、
茶目っ気たっぷりの面白キャラだったり
いろんな顔をするんだけど…
 
二人になると、
たまになんとも言えない視線を私に向ける。
 
………気がする。
 
 
それが単に、私が意識しすぎなのか、
私の願望ゆえにそう感じるのか、
 
彼のことになると私は冷静になれないから
よくわからない。
 
 
冷静になれないくせに
彼の前では必死に普通を装って、
みんなの前と同じように
頼れるねーさんキャラを、演じるの。
 
 
直)からかってるんじゃなくて…
〇)はいっ!ほら、仕上げるよ〜〜!
 
 
さっきの言葉に、心臓がドキドキうるさくて
私はもう、キャパオーバー。
 
 
でも、
いきなり男の顔になる直己くんに
戸惑いを見せるほど、若くない。
 
 
普通に、普通に、笑って。
 
 
直)もしかして…気付いてる…?
 
 
え…?
 
 
直)気付いてて、気付いてないフリしてる?
 
 
何…が…?
 
 
ドクドクドクと、早鐘のような心臓。
変な汗をかいて固まってる私。
 
 
直)ねぇ、返事してよ。
〇)…っ
 
 
そっと肩を掴まれて、見上げたら。
 
真剣な瞳と視線が交差して
一気に顔が、熱くなった。
 
 
〇)////
 
 
ダメだ、これ以上。
 
誤魔化せなくなっちゃう。
 
 
〇)よし!完成っ!!
 
 
彼の目を見ずに、急いで片付ける。
 
 
〇)じゃあ私、先に事務所行くね!!
直)え、一緒に行かないの?
〇)手伝ってくれてありがとう!
  お邪魔しました!!
直)え、ちょっと待ってよ!
〇)さよなら!!!
 
 
パニック。
 
パニック。
 
 
直己くんの顔なんて見れずに
彼の言葉も無視して、家を飛び出した。
 
 
どういう意味?
 
なんなの?
 
 
〇)////
 
 
ダメ、顔が熱い。蒸発しそう。
 
 
いつもすごく優しくて
時にはすごく男らしくて
 
そんな貴方に恋をして、もう何年経ったろう。
 
 
私なんて相手にされないって思ってた。
 
 
歳だって離れてるし
貴方の眼中になんて、ないって。
 
 
でも好きだったの、ずっとずっと。
 
 
言葉になんて出来るわけがないこの想い。
 
 
私はこれからも
胸の内で密かに貴方を想うだけ。
ただそれだけだから…
 
どうかどうか、許してください。
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
色とりどりの具沢山なおにぎりが
テーブルに綺麗に並んで。
 
 
みんな、何日食ってないんだよって勢いで
がっついた。
 
 
臣)うまっ!
N)美味すぎ!!
E)さいっこーー!
健)さすがねーさん!
隆)いくらでも食べれる!
岩)マジで美味い!
 
 
必死に口を動かすメンバーと
それを笑って見てるスタッフたち。
 
 
ユ)あーあ、こういう女子力がないから
  あたしはダメなのかなーー
 
 
ユミちゃんがポツリ、呟いた。
 
 
健)彼氏おらんの?
ユ)いるんですけど…
N)上手くいってないんだ?
ユ)はい…。
N)どれどれ、相談してみなさい。
 
 
半分面白がってそうなNAOTOさん。
 
 
ユ)最近、レスなんですよねーー
健)ぶっw
隆)意外に重いの来たな…w
岩)最近ってどんくらい?
ユ)…半年…くらい…?
臣)女として見られてないんじゃね?
ユ)!!!
臣)ぜってぇ浮気してるよ、それ。
ユ)ひっどい!
臣)いや、マジで。
ユ)登坂さんの頭、今日トサカみたいに
  してやりますからね!!
岩)あははははw
 
 
ユミちゃんは頬を膨らませて
臣を睨みつけた。
 
 
N)そーゆーのはさ、
  大人の先輩に相談したら?
ユ)え?
N)ね、ねーさん♡
〇)えっ、私…?!
臣)ねーさんとこ、どうなの?
  普通にヤッてんの?
隆)臣!聞き方が雑!
 
 
そんな話題になったら
いつもより目についてしまう、
貴女の薬指のリング。
 
 
〇)うちも全然よw
岩)全然って、レスってこと?
〇)そうね…
  それこそもう、女として
  見られてないんじゃない?
直)……
 
 
馬鹿だな。
 
もしそれが本当なら
とんでもなく、見る目がない男だよ。
 
 
〇)参考にならなくてごめんね、ユミちゃん。
ユ)いいえーー
臣)てゆーかさ、
  ねーさんよくこんなに一人で作ったね。
 
 
そんな臣の言葉に、
貴女はニッコリ笑って答えた。
 
 
〇)だって直己くんが手伝ってくれたんだもん。
 
 
あまりにサラリとそう言われて…
 
今朝の二人きりの時間が
まるで何の意味もないと言われたかのように
寂しくなる。
 
 
俺が触れた時、真っ赤に染まった貴女の頬は
一体何だったんだ。
 
期待したくなる気持ちが
胸の中でくすぶってる。
 
 
臣)へ?!直己さんが!?
隆)一緒に作ったの?!
直)そーだよ。
 
 
文句あるか。
 
 
E)おかーーさーーーん!最高〜〜!!♡
健)おかーさーん!♡
臣)おかーさーん!美味しい〜〜!
隆)ありがとうおかーさーーん!
直)だぁ!暑苦しい!!!w
 
 
ELLYに続いてベタベタ抱きついてくる皆。
 
 
N)じゃあたまに紛れてるこの面白おにぎりは
  直己が作ったやつだな?!w
直)正解。
〇)あはははw
岩)な〜〜んだぁ〜
  そんな楽しい会があるなら
  俺も食べる側より作る側が良かったなぁ〜
直)……
 
 
俺と貴女の間に大きく立ちはだかる壁。
 
 
どうやったら俺は貴女に
ちゃんと男として見てもらえるんだろう。
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
夜。
 
新しく入ったスタッフたちの歓迎会。
 
 
男)今日は朝まで飲んじゃおうかなーーw
男)おお、じゃあ付き合いますか!
〇)ほどほどにしてくださいねw
 
 
なんて、年配組と話をしていたら。
 
ガラリと変わった店内の空気で
メンバーが到着したんだってすぐにわかった。
 
 
臣)お疲れーーっす。
N)遅くなりましたーー。
 
 
一番視線を集めるのはいつも、
臣くんと岩ちゃん。
 
でも、地味に人気があるのが直己くん。
 
 
あわよくば隣に座りたいと
目を光らせてる若いスタッフたちの間を
すり抜けて、彼はやって来た。
 
 
〇)え…?
 
 
当たり前のように、私の隣に腰掛けて。
 
 
〇)ここに…座るの…?
直)ダメ?
〇)…っ
直)俺の特等席。
 
 
サラリとそう言う彼に、
なんて言ったらいいのかわからなくて。
 
ただ笑顔だけを返して、冷静を装った。
 
 
E)はい、飲んで飲んでぇ〜〜〜♪
健)よっ!いい飲みっぷり!
男)ありがとうございます!!
 
 
すぐに会が始まって、
あっという間に飲まされる新人たち。
 
毎度の流れだけど、
その余波は今日は私にもやって来た。
 
 
臣)ねーさんも全然飲んでないじゃ〜ん!
岩)ほんとだーー
健)先輩としてお手本見せな!
E)はい、グラス〜〜〜!
 
 
強いアルコールを持たされて、
二日酔いを覚悟で立ち上がったら…
 
 
直)はい、ダメダメダメ。
 
 
右側から伸びて来た手に、
グラスを奪われて。
 
 
直)何普通に飲もうとしてんだよ。座んな。
〇)…っ
 
 
大きな手に、肩を押された。
 
 
臣)なに邪魔してんすか直己さ〜ん!
N)カッコつけてんじゃねぇぞ〜!
直)みんな酔いすぎ。
  女性には手加減しなよ。
〇)…っ
 
 
その言葉に、なんだか恥ずかしくなった。
 
「女」扱いされることに、慣れてないから。
 
 
N)だったらお前が代わりに飲め〜!
直)そのつもりですけど。
 
 
そう言った直己くんは、
一瞬でそれを飲み干した。
 
 
隆)いい飲みっぷり〜〜!w
岩)はい、2杯目〜〜〜!
〇)ちょ、岩ちゃ…っ
直)いいから。
〇)…っ
 
 
直己くんは私を庇うように
腕を伸ばして。
 
煽られるままに、渡されるお酒を
次々に飲み干した。
 
 
女)直己さん大丈夫ですか?
女)そろそろやめた方が…
臣)うっさいなぁ!いいの!
N)直己が好きで飲んでんだから
  いーんだよ!
 
 
普段はみんな良い子なのに
酒が入ると手がつけられなくなるのが
いただけない。
 
 
〇)もうダメ、やめなさい。
臣)はーー?
岩)カッコつけ直己さんのこと
  庇ってる〜〜〜
N)飲めよ直己ぃ〜〜〜〜
〇)いい加減にしなさい!!!
臣)…っ
岩)…っ
 
 
私がピシャリ、そう言うと…
みんなはもう直己くんに絡むのはやめて
また他のスタッフに絡み酒を始めた。
 
 
〇)ふぅ…っ
 
 
そんなに弱くはないはずだけど
真っ赤な顔をして目を閉じたまま
壁にもたれている直己くん。
 
 
〇)大丈夫…?
直)……ん……
〇)私のせいで…ごめんね?
直)……いいんだよ…。
  俺が…好きでやったんだから…。
 
 
少しだけ呂律が回らない感じで
彼は私の手をそっと握った。
 
 
〇)ほんとに…大丈夫?
 
 
ドキドキする心臓を誤魔化すように
下を向いたら…
 
 
直)やっぱり…大丈夫じゃ…ない。
〇)え…
直)大丈夫じゃないから…
  肩、貸して……
〇)…っ
 
 
ゆっくりと近付いてきて
私の肩に乗った、彼の頭。
 
 
〇)////
 
 
頭をポンポンされた時と同じ香りが
ふわっと鼻先をくすぐる。
 
 
ドキドキドキ…
 
胸の音が聞こえてしまわないか、心配になる。
 
 
さっきは男らしく私を守ってくれたのに
こんな風に甘えてもくれたり。
 
……ずるい人。
 
 
〇)……直己…くん///
 
 
そっと顔を覗いたら。
 
 
言葉はないまま、
私と目を合わせて、すごく優しい瞳で微笑んだ。
 
 
〇)////
 
 
誰か…
私をここから連れ出して。
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
しばらくすると
酔いも落ち着いてきたけど…
 
まだ〇〇さんの手を握っていたいから
潰れかけてるフリを続ける。
 
 
自分がこんなことする人間だとは
思ってなかった。
 
 
〇)直己くん、お水飲む…?
直)……大丈夫…。
 
 
ただ、この手を…離したくない。
 
 
誰にでも優しい貴女が
弱ってる人間の手を振りほどけるわけがない。
 
そんなところにつけこむ俺もタチが悪い。
 
 
なんでそんな隙だらけなんだよ。
 
俺以外の男には
絶対こんなことしないで。
 
 
……なんて、言う権利は俺にはないから。
 
 
飲み会の度に、こうして近くで
見張ってるしかなくて。
 
 
N)じゃあお疲れさまでしたーー!
隆)お疲れさまでーす。
 
 
会がお開きになったのは
日付が変わってしばらくした頃。
 
 
〇)直己くん、大丈夫?
直)ん……、
 
 
全然大丈夫だけど、酔ったフリで
貴女の肩に腕を回した。
 
 
岩)ねーさーん!
  直己さんなんて捨ててきなよ。
〇)そういうわけには。
N)送ってあげてもらえる?
〇)もちろん!
 
 
貴女が即答してくれたのが嬉しくて
思わず口元が緩みそうになる。
 
 
〇)ほら直己くん、乗れる?
 
 
押し込まれるように
タクシーに乗り込んで。
 
家に着くまでの間、
ずっと貴女の肩にもたれて
目を閉じていた。
 
 
このまま家に、着かなければいい。
そんなことを思いながら。
 
 
〇)ありがとうございました。
  ほら、捕まって。
直)……ん、
 
 
車を降りて、貴女に支えてもらいながら
エントランスをくぐって。
 
 
〇)歩ける…?
直)……
 
 
ごめんね、全然歩けるよ。
なんなら今ここで貴女をどうにかできるくらい
頭も身体もしっかりしてる。
 
 
〇)鍵ある?
直)……ん、
〇)…これね、はい!開いた!
 
 
玄関に入ると
自分の肩から俺の腕を外そうとする貴女。
 
 
直)ごめ…ん、…ベッドまで…運んで…
〇)わかった!
 
 
自分がこんな真似するとは
思わなかった。
 
 
酔ったフリをして
好きな人を家に連れ込むなんて、
男らしくない真似。
 
 
………ドサッ!
 
 
〇)お水飲む?
直)……いや、いい。
 
 
倒れ込んだベッドの上。
俺の手は、貴女の手を握ったまま。
 
 
〇)大丈夫…?
直)……
〇)じゃあ私、帰るわね?
直)……
 
 
帰らないで。
 
 
〇)直己くん…?
 
 
帰らせない。
 
 
〇)困ったわ、寝ちゃったのかな…
 
 
絶対離さないから、諦めて。
 
 
〇)手、離してね…?
  ……すごい力、どうしよう…
  直己くーーーん…
  ね、離して?お願い…、
  ……きゃっ!!!
 
 
寝ぼけたフリをして
繋いだ手を強く引いて
貴女をベッドの中に引きずり込んだ。
 
 
〇)////
 
 
寝たフリをしてるから目は開けられない。
 
何も喋らなくなった貴女は
一体今、どんな顔をしてる…?
 
 
ドクッ、ドクッ、ドクッ、
 
 
心臓が早鐘のように音を鳴らすのは
恋焦がれていた貴女が今、
俺の腕の中にいるから。
 
 
どうしよう…。
 
 
……ずっと、こうしたかった。
抱きしめたかった。
 
 
貴女の匂い、ぬくもり、柔らかさ。
 
その全てに…
 
 
俺の脳が、身体が、深く刺激されて
ありえないくらいに、興奮してる。
 
 
〇)……どう…しよう……
 
 
ポツリ呟いたその声は
頼りなくて、儚げで。
 
 
直)……
 
 
諦めて、ここにいて。
 
俺はやっぱりどうしても、
貴女を離したくないから。
 
 
こんな男らしくない真似を、してでも。
 
 
〇)寝てるのに…すごい力…
直)……
〇)大丈夫かな…
 
 
後ろから抱きしめてる貴女が
こっちを振り向いたのが気配でわかった。
 
 
〇)ごめんね…?
直)……
〇)庇ってくれて…ありがとう…。
直)……
 
 
後ろ向きじゃなくて
今、正面で向かい合ってる。
 
目を開けたなら
きっとものすごい、至近距離。
 
 
〇)二日酔いに…なりませんように…。
 
 
優しい囁きと、
頬を撫でられる優しい感触。
 
 
〇)……触っちゃった…///
  ごめんね…///
 
 
我に返ったのか、
こっそり謝る貴女が可愛くて。
 
 
いつもはねーさんキャラを演じてるくせに
今、俺の腕の中では
ただの素直で可愛い女の子だ。
 
 
………こんなの、たまらない。
 
 
〇)きゃっっ!///
 
 
抱きしめてる腕に力を込めて、
貴女の首元に、顔を埋めた。
 
 
〇)直己くん!?///
直)……なに。
〇)…っ、起きてるの!?///
 
 
起きてるよ、ずっと。
 
 
〇)離して!!///
直)……
〇)直己くん!!
直)……
 
 
腕の中で必死に俺を押し返そうとしてるけど…
男の力に敵うわけがないんだよ。
 
 
〇)……お願い、離して!
直)……どうして…?
〇)…っ
直)嫌…?
〇)////
 
 
俺の唇のすぐそこにある貴女の耳が
また熱を持った気がした。
 
 
〇)もう…っ、直己くん酔いすぎだよ…っ
 
 
そういうことにして、誤魔化したい?
声が震えてる。
 
 
〇)…って、私のせいか。
  あんなに飲まされて…ごめんね?
直)……
〇)ほら、もう離して!
  ねーさんは直己くん無事に送り届けたから
  もう帰らなくっちゃ!
直)……っ
 
 
俺はゆっくり起き上がって、
貴女を見下ろした。
 
 
俺の前で「ねーさん」って言うのは
やめろって言ったろ、って
そう言うつもりだったのに…
 
俺を見上げる瞳が
あまりに頼りなく、ゆらゆら揺れていて…
 
どうしていいのか、わからなくなった。
 
 
〇)ねーさん、もう帰るから!ね?
 
 
起き上がろうとした貴女の手を
シーツに押さえつけて。
 
 
直)……
 
 
何がねーさんだよ…。
 
 
そんなか弱い女の子みたいな顔で
泣きそうになりながら俺を見上げるくせに。
 
手だってこんな、震えてるくせに。
 
 
直)……俺が…怖い?
〇)…っ
 
 
手のひらでそっと頬に触れたら…
あまりに柔らかくて、
どうしようかと思った。
 
 
直)〇〇……。
 
 
初めて呼んだ、下の名前。
 
 
〇)…っ////
直)〇〇……、
〇)なん…で…、名前……
直)……言ったろ。
〇)…っ
 
 
ねーさんなんて言わせない。
 
 
直)俺の前では、一人の女でいろ、って。
 
 
吸い付くような頬の柔らかさから
もう手が離せなくて…
 
そのまま吸い寄せられるように、
距離を縮める。
 
 
よけるなら、よけられる。
押し返すなら、押し返せる。
 
そんな強さと、スピードで。
 
 
直)……
〇)……
 
 
見つめ合う視線で、熱く潤む瞳。
 
 
俺はそのまま静かに、唇を重ね合わせた。
 
 
その瞬間、
 
あまりの柔らかさと気持ち良さに
身体に電気が走ったみたいになって…
 
……途方に暮れた。
 
 
もう一度見つめた貴女の瞳からは
涙が一筋、こぼれ落ちて。
 
 
〇)……も、……やめて…///
直)〇〇……、
〇)やめ…て、っ……
直)〇〇……、
〇)……呼ばないで…っ///
 
 
愛おしい。
 
そう思う。
 
 
貴女の声も涙も
俺の本能を強く、刺激する。
 
 
直)〇〇……、
 
 
……………ぎゅっ…。
 
 
優しく包み込むように、
腕の中に閉じ込めた。
 
 
直)もう何もしないから…
  だから……帰らないで……。
〇)……っ
直)ここにいて、頼む…。
〇)……っ
 
 
貴女の壁をようやく壊せた気がして
嬉しいんだ。
 
だから、まだ。
 
俺の腕の中で、女でいてよ。
 
 
直)ん……、
〇)!!!
 
 
目の前にある小さな耳たぶに
そっと唇で触れたら…
ぴくんと震えた、細い肩。
 
 
〇)何もしないって…!言ったのに…っ
直)身体が勝手に動くんだ、本能で。
  ごめん…。
〇)////
直)これでもすごく辛抱してる。
〇)////
直)頭も身体もどうにかなりそうだよ…。
〇)////
 
 
貴女からの返事は何もないけど
抱きしめてる身体が、熱い。
 
 
〇)…直己く…ん…、どうかしてる…。
直)……
〇)明日…目が覚めたら
  正気に戻ってますように…。
直)何言ってんの…?w
〇)酔ってるからおかしくなってるんだよ…。
直)……バカだなぁ…。
 
 
ぎゅっ。
 
もう一度強く、抱きしめたら…
なんのスイッチが入ったのか、
今度はたくさん次々に喋り出した。
 
 
〇)やっぱりおかしいよ直己くん!///
  お酒!お酒に何か混ざってたのかな!
  大変だ!どうしよう!
  直己くんがこんな風になっちゃうなんて
  よっぽど変な薬でも入ってたんだ!
 
 
うん、おかしいのは認めるよ。
 
自分でもおかしいって思ってる。
俺らしくないって思ってる。
 
でもそうなってしまうくらい、
貴女のことが…
 
 
〇)酔った勢いで相手が誰かもわからず
  とんでもないことしちゃうくらい!
  明日起きたら絶対後悔するよ!
  びっくりして我に返るよ!
  なんでこんなおばさんが隣にいるんだって
  びっくりしちゃうよ!
  だから…
直)はい、ストップストップ。
〇)…っ
 
 
抱きしめたまま、背中を優しく叩いた。
 
 
直)落ち着こうか。
〇)////
直)ね。
〇)……落ち着けるわけ…ないでしょ…///
直)……
 
 
それはそうか。
俺がこんな心臓壊れそうなくらい
ドキドキしてるのに
 
これっぽっちも動揺せずに平然とされてたら
それはそれで困る。
 
 
直)俺、酔ってないし、
  頭だってしっかりしてるし
  俺が今抱きしめてるのは、〇〇だよ。
〇)…っ///
直)酔った勢いでこんなことしないし
  〇〇じゃなきゃキスだってしてない。
〇)////
直)他には?聞きたいことある?
〇)////
 
 
少しの沈黙の後、聞こえてきたのは
不満そうな声。
 
 
〇)酔ったフリ…してたの?///
直)こういう悪い男がいるから
  もう誰のことも送ったりしちゃダメだよ?
〇)…っ
 
 
臣や岩ちゃんが普段吐いてそうなセリフが
自分の口からもサラリと出てきて
少し驚く。
 
 
直)何されるかわかんないから。
  危ないからね。
〇)……危なくなんてないよ…。
直)……
〇)言ったでしょ、私なんて…
  家でも外でも
  女としてなんて見られてないって…。
直)……バカだなぁ…。
 
 
もう一度、柔らかい耳たぶにキスをした。
 
 
直)そう思ってたいなら思ってなよ。
〇)…っ///
 
 
もしそれがほんとでも
俺にとっては都合の良い話。
 
 
貴女の魅力に気付いてる男は
この世に俺一人だけでいい。
 
 
直)はぁ……全然寝れなそ……、
〇)耳に息かけないで!///
直)…っ
 
 
小さな手で、きゅっと耳を押さえてる。
 
 
直)……なかなか初々しい反応するなぁ。
  それ、わざと?
〇)は?!
直)必死で我慢してんのにさ、
  男の本能をくすぐるような…
〇)そんなの知らない!///
直)……
 
 
ほら。
 
そんな真っ赤な顔をして。
 
可愛くて仕方ないっての。
 
 
直)……少しは俺のこと、
  男として意識してくれた…?
〇)////
 
 
腕の中、黙り込む貴女。
 
 
いいよ、無言はYESと受け取るから。
 
 
だから今日は
少しでも俺にドキドキして
俺に抱かれながら、眠ってよ……。
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
私って図太いのかな。
 
 
昨夜はこんなの、
ドキドキして眠れるわけがないって
思ってたのに…
 
 
直己くんの腕の中で目を覚まして、
ああいつの間にか眠ってたんだってわかった。
 
 
〇)……///
 
 
とくん…
 
とくん…
 
 
大好きな人の胸の鼓動に、耳を澄ませる。
 
 
なんだか涙が出そう。
 
 
〇)……っ
 
 
今だけ。
 
今だけなら…いい?
 
 
だって…
目の前に、いる。
 
大きな逞しい身体で
私をすっぽりと、抱きしめてくれてる。
 
 
嘘みたい。夢みたい。
 
 
ずっとずっと、大好きで仕方なかった人。
 
 
そーっと…、起こさないように…
ほんの少しだけ、筋肉質なその胸に
頬を寄せてみた。
 
 
……ああ。
こんな朝を迎える日が来るなんて
思いもしなかった。
 
 
直)だからさ、それ、わざと?
〇)!!!
 
 
うそっ…
起きてたの!?
 
 
直)可愛くて…我慢できなくなるって…
〇)…っ///
 
 
たくましい腕に、ぎゅっと抱き寄せられた。
 
 
直)……はぁ、……離したくない///
〇)////
 
 
どうしよう。
心臓が壊れてしまいそう。
 
 
〇)私が誰だか…わかってる…?///
直)……当たり前でしょ。
〇)…っ
直)昨日言ったこと、忘れた?俺は…
〇)起きなくちゃ!!!
 
 
ガバッと起き上がって、
ベッドを飛び降りた。
 
 
直)待って!
〇)…っ、顔洗わなくっちゃ。
  洗顔セット、借りていい?
 
 
必死に冷静を装う。
 
 
直)は?そんなんないよ?
〇)え?ないの?
直)なんであると思ったの?
〇)だって…
  NAOTOくんの家にはあったから。
直)は?
 
 
あ。
直己くんの表情が一瞬で曇って
余計なことを言ったって、気が付いた。
 
 
直)NAOTOさん家行ったの?
  泊まったの?なんで?いつ?
〇)…っ、ずっと前よ。
  泊まったとかじゃないの。
  その時NAOTOくん、熱があって
  マネージャーがいなかったから
  代わりに私が看病してただけ。
直)朝まで?
〇)うん。
直)…っ
 
 
すごく不満そうな顔をした直己くんは
私の腕を強く引いた。
 
 
直)なんもされなかった?
〇)されるわけないでしょ!
  私なんて相手にしないわよ。
直)…っ
〇)たまたま気付いたら朝になってて…
  私が顔洗いたいって言ったら
  洗顔セットがビシーっと出てきたの。
  で、こんなのよくあるわねって言ったら
  いつでも女が泊まれるようにって
  ニヤッと笑ってたのよw
  さすがNAOTOくんよね、プレイボーイ。
直)……
 
 
……あれ?
まだしかめっ面してる。
 
 
直)俺のことなんだと思ってる?
〇)え??
直)俺の家にもいつでも女が泊まれるような
  洗顔セットがあると思ったの?
〇)……あ。
 
 
そういう意味じゃ…
なかったんだけど。
 
 
直)残念ながら、俺のしかないよ。
  俺ので良ければどうぞ。
 
 
連れて行かれた洗面所で手渡された
メンズ用のメイク落としと洗顔。
 
 
ありがとう、と
水を出そうとしたら…
 
 
〇)…っ
 
 
急に後ろから腕を回されて、
 
 
直)言っとくけどこの家、
  女入れたことないから。
  〇〇が一人目。最初で最後。
 
 
そんな言葉を耳元に落として
ドアをピシャリと閉めて、いなくなった。
 
 
〇)////
 
 
真に受けちゃダメ。
動揺しちゃダメ。
 
 
そう思うのに…
 
 
もうそんなの無理、って
鏡の中の真っ赤な顔をした私が言ってる。
 
 
ねぇ私…
どうしたらいいの?
 
 
 
……
 
 
 

 
 
 
 
直己くんの顔をまともに見れる気がしなくて
顔を洗った後、
私はそそくさと玄関へ向かった。
 
 
直)帰るの?
〇)うん、…っ!きゃっっ
直)危なっ
 
 
覚束ない足元で私が躓くと、
また抱きとめてくれた、力強い腕。
 
 
〇)…っ
 
 
ダメ。
これ以上触れちゃダメ。
 
 
すぐさま離れようとしたのに…
 
 
直)ほんと危なっかしいなぁ…w
 
 
直己くんは優しい声でクスクスと笑って
私の頭をふんわりと撫でた。
 
 
直)もうちょっといてよ…。
〇)…っ
直)まだ一緒にいたい。
〇)////
 
 
抱きしめられそうになって、
慌てて後ろにさがった。
 
 
〇)帰る!着替えないと!
直)そのままでいいじゃん。
〇)同じ服で出社するわけにいかないでしょ!
直)なんで?いいじゃん。
〇)何かあったと思われるじゃない!
直)だからいいんじゃん。
〇)…っ///
 
 
もう…、勘弁してよ…。
 
 
直)何かあったと思わせとけばいいよ。
  好都合だ。
〇)は…?
直)他の男が寄ってこなくなる。
〇)…っ
直)それにさ、”何か”、あったじゃん。
〇)…っ
 
 
そう言われて、
一気に顔に熱が昇った。
 
 
直)あーーーー、
  だからそれ、やめてって///
〇)え…?///
 
 
ふわり、抱きしめられた腕の中。
 
 
直)可愛すぎて…我慢できなくなるって…
〇)////
 
 
ドキン…
 
ドキン…
 
 
ああ、やっぱり心臓が爆発しそう。
 
 
直)……〇〇…、
 
 
低い声が、鼓膜を揺さぶる。
 
 
〇)離して!///
直)…っ
〇)年上をからかわないでって言ったでしょ!
 
 
直己くんを突き飛ばして
私は急いで靴を履いて、玄関を飛び出した。
 
 
直)〇〇……!!
 
 
ドキン、
 
ドキン、
 
 
なりふり構わず、駅まで走って。
 
 
こんなにも息が切れて苦しいのは
全力疾走してるからじゃない。
 
全部、全部、彼のせい。
 
 
〇)はぁっ、はぁっ、はぁっ///
 
 
この一晩の出来事を、少し思い出すだけで
なんだか腰が砕けそうになる。
 
 
一生懸命思考を振り切って、
家の玄関の扉を開けた。
 
 
夫)おう。お帰り。
  また朝までの仕事か?お疲れさん。
〇)…っ
 
 
そう、これが私の現実。
 
さっきまでのことは夢なのよ。
 
 
〇)そう。撮影が押しちゃって。
夫)大変だなーー。
 
 
私が何時に帰ってこようが
何かあったなんて疑いもしない夫。
 
 
ねぇ、私…
ずっとずっと大好きだった人に
抱きしめられて、キスされて
朝までその人の腕の中で眠ってたのよ?
 
信じれられないでしょう?
 
 
夫)じゃあ行って来るよ。
〇)行ってらっしゃい。
 
 
……バタン。
 
 
夫に不満があるわけじゃない。
でももう、男としてなんて見れない。
 
それはきっと、お互い様。
 
 
バスルームにかけこんで
急いでシャワーを浴びて、出社の準備。
 
 
もう考えない。
そう、昨日のことは夢だと思うのよ。
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
距離を縮められたかと思った。
貴女に近付けたかと思った。
 
 
なのにそれは俺の、思い過ごしだった?
 
 
あれからというもの、
全然二人で話す時間がない。
 
それは〇〇が、明らかに俺を避けてるから。
 
 
臣)ねーさん、激ヨワ!!ww
〇)同性同士だと
  今まで負けたことないんだけどな。
臣)こんな弱ぇのに!?ww
岩)ねーさん、俺ともやろ!w
 
 
楽屋から聞こえてきた
楽しそうな笑い声。
 
ドアを開けたら、
丁度〇〇と岩ちゃんが
腕相撲してるところだった。
 
 
なのに。
 
 
〇)あっ
 
 
俺を見つけた貴女はそそくさと立ち上がって。
 
 
〇)ごめんね、私まだ仕事残ってるの。
岩)えーーーっ
 
 
そう言って逃げるように部屋を出て行った。
 
 
直)…っ
 
 
次の日も。
 
 
隆)NAOTOさん、アンケートやりました?
N)あーー!
  あれどこやったっけ!
〇)も〜〜〜〜
  NAOTOくん、また失くしたのー?
N)やっべ!ないかも!
  どうしよねーさーーーん!
〇)10分探してもなかったら
  プリントアウトしてきてあげる。
N)わーーーーー
 
 
いつも通り賑やかな会議室のドアを開けると…
 
 
〇)あ、やっぱりいいわよ、
  今持ってきてあげる…!
N)えっ
 
 
貴女は俺を避けるように出て行った。
 
 
直)…っ
 
 
なんで?
 
 
………もどかしい想いが、日に日に募る。
 
 
 
……
 
 
 

 
 
 
隆)この資料、誰作ったの?
N)ねーさんじゃん?
臣)うん、この見やすさはねーさんだ。
E)ほんとしっかりしてるなぁ、ねーさん。
健)頼もしいよなぁ。
直)……
 
 
どこがだよ。
 
あの人がいつもどれだけ努力してるか
知ってる?
 
 
岩)そーいえば直己さんって、
  ねーさんの事ねーさんって
  呼ばないっすよね。
直)え?
岩)なんでっすか?
直)…っ
 
 
なんでって…
 
 
直)あの人別に、全然「ねーさん」なんかじゃ
  ないでしょ。
岩)え?
臣)何それーーー
  めっちゃねーさんっすよ!
N)そーだよ!すっげぇ頼もしくてさーー
直)……そうですか?
  俺はあんなに危なっかしくて
  ほっとけない人、見た事ないですけど。
岩)…っ
臣)えーー?ねーさんが?w
  うっそだーーw
E)あははははw
 
 
うん、いいんだよ。
誰も知らなくていい。
 
俺が知ってればいいんだ、本当のあの人は。
 
 
隆)あ、ねーさん。
直)え?
 
 
その声に後ろを振り向くと
気まずそうに笑う貴女が見えて…
 
 
〇)移動の準備してくるわね。
 
 
そう言って中には入らずに扉を閉めた。
 
 
直)…っ
 
 
俺はすぐに立ち上がって、追いかけた。
 
 
直)〇〇さん!
 
 
なんで逃げるんだよ!
 
 
直)〇〇さん!
 
 
あ、非常階段に逃げた!
 
 
直)……ッ、〇〇!!!
 
 
………やっと、捕まえた。
 
 
〇)離し…て…、っ
直)嫌だ。
〇)…っ
 
 
やっと話せる距離にいる。
 
 
直)なんで俺のこと避けてる?
〇)……避けて…なんか…
直)避けてるでしょ、ここんとこずっと!
〇)…っ
 
 
〇〇は泣きそうな顔をして、
俺の手を掴んだ。
 
 
〇)ど…して…っ
直)え…?
〇)どうして直己くんはそうなの…っ!
直)…っ
 
 
涙がポロリ、〇〇の目からこぼれ落ちた。
 
 
〇)どうしてみんなと違うの…っ!
直)…っ
〇)どうしてそんなに私を女扱いするの!
  ……やめてよっ!
直)…っ
〇)私は歳だって離れてて、っ!
 
 
言葉を遮るように、抱きしめた。
 
 
こんなに、女でしかない貴女を
女扱いするなって方が無理だろう。
 
 
直)みんなと違って何が悪いんだよ。
〇)…っ
直)いいじゃん、俺だけ特別で。
〇)…っ
直)俺にとって
  〇〇はこんなに特別なんだから…!
〇)…っ
 
 
好きだなんて言わない。
好きだなんて言えない。
 
でも、この想いを伝えたくて、
ただただ、抱きしめた。
 
 
〇)直己く…
直)嫌だ。
〇)直己く…っ
直)離さない!
〇)直己くん!
直)嫌だ!
〇)…っ
 
 
こんな自分勝手な伝え方しか出来ないから
貴女は俺を男として見てくれないんだろうか。
 
 
直)もう…おかしくなりそうだ。
〇)…っ
 
 
貴女のことが、好きで、好きで…。
 
 
直)このまま…俺のものになれよ…っ
 
 
口をついて出たのは、
ずっと押し込めてきた、俺の本音。
 
 
頼むから、受け止めて。
 
もう行き場がないくらい…
苦しいほどに、溢れてるから。
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
非常階段で、二度目のキスをした。
 
 
こんなに真っ直ぐぶつかってきてくれるのは
彼の若さなのか、人間性なのか。
 
でもそんなことはもう、どうでも良かった。
 
 
直己くんの強くて深い、真っ直ぐな想いが
私の心の壁を全部溶かして
なくしてしまったの。
 
 
その日の夜は、
寿退社する子と部署移動する子の
送別会で。
 
 
彼はあの日と同じように
迷いなく真っ直ぐに私の隣へ来て。
 
あの日と同じように「俺の特等席」と
笑って見せた。
 
 
会の最中、テーブルの下で
ずっと繋いでいた手と手。
 
 
もう、抗わない。目を逸らさない。
 
私の心も身体も、
貴方のことが好きで仕方ないって叫んでるのは
紛れもない、事実だから。
 
 
男)あ〜〜〜目がまわる〜〜〜〜
男)俺も飲みすぎた〜〜〜〜
 
 
お開きになったのは日付が変わって
しばらくしてから。
 
 
男)マジで飲みすぎたーーー
  〇〇さーーん、送ってぇ〜〜〜
〇)ダメです。
男)え〜〜!ケチ〜〜〜!
  旦那さん厳しいのー?
〇)…っ
 
 
旦那じゃ…ないけど…
 
 
男)いいよ一人で帰るよーーぐすん。
 
 
同僚の後ろ姿を見送ったら、
後ろからそっと、抱きすくめられた。
 
 
直)よく断れました。偉い偉いw
〇)……///
 
 
甘くて優しい、囁き声。
 
 
〇)だって…悪い男がいるから…
  送っちゃダメって…///
直)俺の言うことちゃんと聞いたんだ?
  偉いね。
〇)////
 
 
耳元で、囁かないで。
顔が…熱くなる。
 
 
直)俺のことは?送ってくれるの?
〇)…っ
 
 
それは…甘い甘い、誘惑。
 
 
〇)何されるかわかんない、って…
直)わかんなくないでしょ。
〇)…っ
直)わかんなく、ないでしょ…?
〇)////
 
 
ああ、堕ちてしまった。
彼の手の中に。
 
 
だってそこは、
どうやったら抜け出せるのか
教えてほしいくらい
 
甘い甘い、海の底。
 
 
彼はその男らしい綺麗な手で…
 
私の中に眠っている「女」を
色鮮やかに、花咲かせる。
 
 
直)……〇〇…っ、!
 
 
掠れた声で呼ばれる名前は
甘い甘い、贈り物。
 
 
直)〇〇…っ、///
 
 
自分の身体を
こんなに愛しく思うなんて、初めて。
 
 
直)……っ、〇〇…!
 
 
それはあなたがこんなに、愛してくれるから。
 
 
女に生まれて良かったって
そう思えるくらい…
 
 
優しく、深く、愛してくれるから。
 
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
 
直)〇〇…、
〇)んっ、///
 
 
人目を盗んで、
物陰で貴女を抱きしめる。
 
 
直)今日さ、遅い時間の、なくなった。
〇)あ、明日になったんだっけ?
直)うん。だから…
〇)……(こくん)///
直)////
 
 
会える?って聞く前に
頷いてくれたのが、嬉しくて。
 
 
〇)直…己…、///
 
 
俺を呼ぶ時のためらいがちな声が
可愛くて仕方ない。
 
 
〇)直…己…、///
 
 
俺を呼ぶ時に少し眉を下げて
奥ゆかしく見上げるその仕草がたまらない。
 
 
直)どうしよう…、夜まで待てない、
〇)……あ、ダメっ、///
 
 
俺は完全に舞い上がっていた。
 
 
あの夜から、
 
いつ死んでも
おかしくないんじゃないかってくらい
幸せが続いていて。
 
 
信じられなかった。
 
好きで、好きで、恋焦がれて。
 
手が届かないような憧れの存在だった貴女が
俺の名前を呼んで、
俺の腕に抱かれていることが。
 
 
夢なんじゃないかって
何度も思った。
 
 
……でも。
 
 
〇)直己…っ!///
直)はぁっ、///
 
 
俺を呼ぶ、貴女の声。
 
触れ合う、肌と肌。
 
熱く溶け合う、互いの熱。
 
 
それらが、夢じゃないって教えてくれる。
 
 
直)…ッ、あっ……、〇〇…!
〇)直己っ……!///
 
 
俺たちは一度も
「好き」だとか「愛してる」とか、
言葉にはしなかった。
 
 
何度愛し合っても、言葉にはしなかった。
 
 
言葉にしたら、壊れてしまいそうで。
 
罪が形になってしまいそうで。
 
 
貴女にそんなもの、背負わせたくないから、
だから。
 
 
愛の言葉を紡ぐ代わりに
何度も何度も、呼ぶんだ。
 
愛しくて仕方ない、貴女の名前を。
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
臣)なーんか最近ねーさん、
  色っぽくなったよね〜〜〜
N)あ、俺も思ってた。
〇)え!?///
 
 
そんな話題を突然振られて、
思わず声が裏返ってしまった。
 
 
直)俺も思ってた。
  なんか、色気がすごいなって。
〇)////
 
 
わざとらしくイタズラに笑う直己。
どの口がそんなこと言うのかな?
 
 
健)旦那さんとレスや言うとったけど
  よろしくやってるんちゃう〜?
臣)そーゆーことー?
〇)…っ
 
 
それには迷わず、首を横に振った。
 
そんなこと、あるはずがないから。
 
 
直)〇〇さん、これって2階だっけ?
〇)あ、それは3階…、
 
 
言いかけて、気が付いた。
これは直己からの、「合図」。
 
 
〇)私が持っていっとくね、直己くん。
直)ありがとう。
 
 
それから10分後、いつもの非常階段。
 
 
〇)ん、っんん…っ///
 
 
いつもより隙間なく、塞がれる唇。
 
 
〇)直…己…?///
直)はぁ、最近…俺…、見境ないな。
 
 
反省してるように眉を下げるけど
そんな表情さえも、色っぽい。
 
 
直)近くにいるだけで…
  欲しくて仕方なくなる…。
〇)////
 
 
こんなにストレートに求められて
嬉しくないわけがない。
 
 
直)今日の夜は…?
〇)今日は…ごめんね?
直)……そっか、
 
 
ほんとは泊まりに行きたいけど…
今日は一応、結婚記念日だから。
 
今となっては、形だけの。
 
 
直)〇〇…、綺麗だよ……
〇)あ、……こら、///
直)あーーー、もう…、離したくない、、
〇)////
 
 
愛しくて愛しくて、仕方がない。
 
 
直己と想いが通じ合って
二人で熱く、結ばれたあの日から…
 
私たちは確かに、見境がなかった。
 
 
恋したての二人みたいに
くすぐったくなるような甘い時間を
何度も重ねて、
 
ただ、幸せだった。
 
 
直)〇〇…、///
 
 
私を呼ぶ時の、
これ以上ないくらい優しい声が大好きで。
 
 
直)〇〇…、///
 
 
私を呼ぶ時に少し眉を下げて
愛おしそうに見つめてくれる
その瞳が大好きで。
 
 
直)ほんと…、止まんない……、
〇)……あ、…んっ、///
 
 
幸せだから、気付かないフリをしていたの。
 
 
自分たちが何をしているか。
それがどんな罪深いことか。
 
 
「好き」も「愛してる」も
口にしない代わりに
どうか、許してほしい…
 
そんな想いで、いたのかもしれない。
 
 
 
……
 
 
 
 

 
 
 
 
 
〇)わぁ、なぁにこの花束。
夫)なにって、結婚記念日だから///
〇)…っ
 
 
少し照れたように笑う夫。
 
どうしたのかな、こんなの初めて。
 
 
夫)お前の料理はほんと美味いな。
  いつもありがとう。
〇)…っ
 
 
一応記念日らしく適当に作った料理。
 
普段とは違う夫に、なんだか戸惑う。
 
 
夫)仕事はどうだ?
〇)どう…って?
夫)相変わらず忙しそうだから。
  朝帰りも多いし。
〇)そうね、忙しいわね。
夫)身体壊すなよ?
〇)ありがとう。
 
 
なんだか変な感じ。
 
なんて思っていたら、
その理由がわかった。
 
 
夫)……いいか?///
〇)…っ
 
 
夜、ベッドに入ったら…
覚悟を決めたような顔で、私を抱き寄せて。
 
 
夫)抱きたい……。
 
 
その言葉に、身体が固まった。
 
……嘘でしょ?
 
 
〇)待って、
 
 
どうして今更……
 
 
夫)好きだよ…。
 
 
は…?
 
 
夫)好きだよ、〇〇…。
〇)…っ
 
 
やめて、触らないで、
なんて言えない。
 
 
夫のことを嫌いになったわけじゃない。
家族としての情はある。
 
でも。
 
今更そういう関係になるなんて
全く考えられなくて。
 
 
〇)や、待って…っ
夫)〇〇…、///
 
 
私の拒絶を感じ取れないくらい
鈍いのか、夢中なのか、
 
 
〇)…っ
 
 
私は目を閉じて、ただ耐えた。
 
 
必死に、直己を思い出して。
 
直己の声、匂い、温度、
必死に必死に、思い出して。
 
 
夫)……お前って…
  ほんといい女だよな…、///
〇)は…?
 
 
眠りに落ちる手前。
満足そうに私に腕枕をする夫が
照れたように呟いた。
 
 
夫)いや、改めて…
  いい嫁さんもらったなぁって…。
〇)急に何…?
夫)いつも思ってるよ///
〇)……
 
 
夫が嫌いなわけじゃない。
憎いわけでもない。
 
でももう、愛してないの。
 
 
私の心は全て、直己のものだから。
 
 
……ごめんね?
 
 
 
……
 
 
 

 
 
 
それからというもの、
夫は私が家にいる日は
高い頻度で私を抱くようになった。
 
 
それが嫌で、直己の家に泊まらない日でも
ホテルや漫画喫茶で時間を潰して
家に帰らないこともあった。
 
 
直己が愛してくれるこの身体を
直己以外の人に、触られたくない。
 
そんな嫌悪感でいっぱいだった。
 
 
岩)何か悩んでる?
〇)えっ
岩)顔が暗いよ。
〇)…っ
 
 
読書中だと思っていた岩ちゃんは
本から顔を上げて、鋭い一言。
 
 
〇)うん、ちょっとね。
岩)俺で良かったら聞くよ?
〇)……ん、大丈夫。ありがとう。
 
 
私がそう言うと、彼はニッコリ笑って。
 
 
〇)優しいのね、岩ちゃん。
岩)誰にでも優しいわけじゃないよ。
 
 
……ん?
 
 
岩)〇〇さんには笑っててほしいから。
〇)…っ
 
 
岩ちゃんが「ねーさん」って呼ばなかったのは
いつぶりだろう?
 
少しびっくりしてしまった。
 
 
 
それから数日後。
 
 
無意識にため息をついてしまった
私の前にいたのは、
またもや岩ちゃん。
 
 
岩)やーっぱり悩んでるw
〇)…っ
 
 
くすっと笑う優しい笑顔に、
ほんの少し、心が和らいだ。
 
 
岩)……直己さんのこと…?
 
 
静かにそう言われて、頭が真っ白になった。
 
 
どうして?
どうして知ってるの?
 
 
私たちは、誰にも言ってない。
言えるわけがない。
 
二人だけの、秘密だったのに。
 
 
岩)誰にも言わないから大丈夫だよ。
〇)…っ
 
 
その優しい言葉と優しい微笑みに、
どうしてか、涙があふれ出てしまった。
 
 
岩)…っ
 
 
岩ちゃんは私の頭にそっと手を置いて
ぽんぽんと、優しいリズムを与えてくれる。
 
 
私は嗚咽を漏らしながら、泣き続けた。
 
どうしてかわからない。
 
 
直己と想い合えて、幸せなのに。
 
幸せなはずなのに。
 
どうしてこんなに、涙が出るの?
 
 
岩)自分では気付いてなくても…さ、
  色々無理しちゃってるんじゃないかな。
〇)…っ
 
 
夫とのこと、直己には言えない。
 
でも私は本当に苦しくて。
 
 
〇)岩ちゃん…っ
岩)ん、いいよ。
  泣きたいだけ泣いて。
 
 
その言葉に、甘えてしまった。
 
 
岩ちゃんは私を優しく包み込むように
抱きしめてくれて。
 
ひとしきり泣いたら、心が軽くなった。
 
 
〇)……ふふ、ありがとう///
岩)……ん。
〇)いい歳して恥ずかしい…。
岩)泣くのに年齢は関係ないでしょ。
〇)…っ
岩)綺麗な涙を流せるのは
  心が綺麗な証拠だよ。
〇)……綺麗な…涙なんかじゃ…
岩)綺麗だよ。
 
 
私の言葉を遮って
そう言ってくれた岩ちゃん。
 
なんだか少し、罪が軽くなった気がして…
 
 
〇)本当にありがとう。
岩)うん。
 
 
シャンとしよう。
直己に会う時は、笑っていられるように。
 
そう思って、顔を上げた。
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
貴女が俺以外の男にも
抱かれるようになったことには
すぐに気が付いた。
 
 
でも、気付かないフリをした。
 
なぜならそんな相手は、一人しかいない。
 
 
世間的には、貴女の正しいパートナー。
 
俺がどんなに望んでも手に入らない
その位置に、居続ける人。
 
 
どうして急に貴女を抱くようになったのか。
答えは簡単だ。
 
 
俺と愛し合うようになって
貴女の魅力は更に増したから。
 
日に日に綺麗になっていく貴女を見ながら
俺は複雑だった。
 
他の男を寄せ付けてしまうんじゃないかって。
 
 
でも、そんな心配よりも
一番気にしなきゃいけない存在がいたんだ。
 
 
貴女は俺には何も言わない。
だから俺も、何も聞かない。
 
 
けど…
 
その影がちらつく度に
気が狂いそうな自分がいて。
 
自分の嫉妬深さに、ほとほと嫌気がさした。
 
 
〇)…や、…だめっ、…ん、直己…っ///
 
 
嫉妬で狂いそうな時は
俺は所構わず貴女を抱いた。
 
 
〇)こんなところで、…あっ!///
 
 
ダメなんて言わせない。
 
 
〇)直己…っ!あっ、あっ…
 
 
そう、呼んで。俺の名前を。
 
 
直)〇〇…っ、
〇)あ、あ、……直己…っ///
 
 
誰かを傷つけるような想いは
「愛」なんて呼んじゃいけない…
 
そんな気がして。
 
 
だから今日も俺たちは
愛の言葉の代わりに、
互いの名を呼び合うんだ。
 
熱い吐息を、交えながら。
 
 
 
……
 
 
 

 
 
 
 
〇)今日は何が食べたい?
直)んー?……〇〇。
〇)……もぉ///
 
 
帰りのエレベーターの中。
 
誰もいないのに、小声で囁き合って。
 
 
今日は久々に二人でゆっくりできる。
そう思っていたのに…
 
 
エレベーターを降りた瞬間、
俺たちは固まった。
 
 
夫)〇〇…!
 
 
嬉しそうに貴女の名前を呼ぶ、優しそうな人。
 
 
〇)どう…して…
 
 
貴女の声が少し震えてるのがわかった。
 
 
岩)仕事が早く終わったから
  ねーさんのこと迎えに来たんだって。
  偶然会って、少し話してたんだ。
〇)そう…なの…
夫)名前を言ったら、
  〇〇さんの旦那さんですかって///
  どうもありがとう、岩田くん。
  初めて来る場所で少し緊張してたから
  話せて良かったよ。
岩)いえ。
 
 
ニッコリ笑う岩ちゃん。
 
優しそうなその人の目は
岩ちゃんから、俺に向いた。
 
 
直)初めまして、小林直己です。
夫)ああ、どうも!
  妻がいつもお世話になっています。
直)……
 
 
ああ…
笑顔を貼り付けるのがやっとだ。
 
 
夫)いやぁ〜〜〜
  カッコイイなぁ、直己くん///
直)え…?
夫)うちの会社、君のファン多いんだよ。
  男の子たちがさ、憧れてるって。
直)そうですか、ありがとうございます。
夫)背も高くて羨ましいなw
 
 
嫌味のない、爽やかな笑顔。
 
俺が羨ましいのは、貴方です。
 
 
〇〇の隣に、
当たり前のように寄り添える貴方が
羨ましくて、妬ましくて、仕方ない。
 
 
〇)どうして急に来たの…?
夫)ん?だから仕事が早く終わったからさ。
〇)…っ
夫)たまには食事でも行こうよ///
 
 
〇〇を見つめる視線で、よくわかる。
この人は〇〇が好きなんだ。
 
 
直)お疲れ様でした、〇〇さん。
 
 
ニッコリ笑って、二人を見送った。
 
 
胸が、張り裂けそうだ。
 
 
岩)……そんな顔しないで、直己さん…。
直)え…?
岩)気持ちはわかるけど…
直)…っ
 
 
なんで岩ちゃんが…
 
まさか、知ってる?俺たちのこと。
 
 
岩)元気出して、ね。
 
 
俺の背中を優しく叩いて、
岩ちゃんはそのまま帰っていった。
 
 
直)…っ
 
 
泣き出しそうな、狂い出しそうな
この感情は、なんだろう。
 
 
わかってた。
恋してはいけない相手だって。
 
 
でも、好きになってしまった。
止められなかった。
 
 
想い合えたのが奇跡のように嬉しくて、
毎日、幸せで、幸せで。
 
 
でも。
 
目を伏せていたかったその存在に、
会ってしまった。
 
 
顔を見たら、嫌でも想像してしまう。
 
あの人が「夫」という立場で
堂々と貴女を愛せる人なんだって。
 
 
俺たちに未来はないんだろうか。
 
こんなに、こんなに、好きなのに。
 
互いの気持ちは、揺るぎないのに。
 
 
直)……は、ぁっ……
 
 
あまりの苦しさに、
息を止めてしまいたくなった。
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
気が気じゃなかった。
 
夫と食事をしていても、
頭の中は直己のことばかり。
 
 
本当は今頃、直己の家で
一緒に食事して、笑い合っているはずだった。
 
直己が好きな鱈と大根の煮物を作ろうかな
なんて、思っていたのに…
 
 
なのに…
 
 
夫)久しぶりだな、二人でこんな風に
  外で食事をするのも。
〇)…そうね……。
 
 
嬉しそうな笑顔。
 
どうして最近、そんなに私のことが好きなの?
 
 
夫)ドキドキしながら事務所に行ったらさ、
  いきなり岩田くんに会って
  びっくりしちゃったよw
〇)……そう。
夫)ほんとイケメンだねぇ、彼。
  直己くんもオーラがすごかったし…
  みんなすごいなぁ!
〇)……
 
 
今すぐ飛んで行きたい、彼の元へ。
 
 
夫)そういえばさぁ、
  うちの会社に直己くんのファンが
  結構いるって言ったろ?
〇)……ええ。
夫)その中の一人がさ、不倫してるみたいで。
 
 
その言葉に、身体が固まった。
 
 
夫)周りの同僚たちが、
  「課長止めてやってくださいよ〜!」
  とか言うんだけど…
  そんなことこんなおじさんに注意されても
  なぁ…?
〇)……若い子なの?
夫)20代半ばだよ。
〇)……そう。
夫)不倫なんて未来がないのに
  勿体無いよなぁ…。
〇)…っ
夫)普段はすごくいい子なんだよ、好青年で。
  そんな事しそうにないのに…
〇)……そう。
  
 
……息が、詰まる。
帰りたい。
 
自分の家じゃなくて、彼の元に。
 
 
〇)まだ若いから、
  気持ちを止められないんじゃない?
夫)え?
 
 
嘘。
歳なんて、関係ない。
 
出会ってしまったら、止められないの。
 
 
〇)好きで好きで、どうしようもないのよ。
夫)そういうもんなのかなぁ。
 
 
だって。
狂おしいほどに愛してしまっているから。
 
 
〇)もしも私にも、そういう人がいたら
  どうする?
夫)えーー?お前に?w
  想像できないなぁ。
〇)もしいたら、よ。
夫)うーーーん。
  ………殺す、かな。
〇)え…?
 
 
聞き間違いかと思った。
 
穏やかな夫から出た言葉が、意外すぎて。
 
 
夫)殺すかな。
 
 
ニッコリ笑って、二度言った。
 
 
……直己を…殺すの…?
 
 
夫)なんちゃってw
  変なこと聞くなよぉ〜〜〜
〇)…ふふ、ごめんね。
夫)俺はさ、浮気なんてしないから安心して。
〇)……
夫)ずっとお前のこと愛してるよ。
〇)……
夫)結婚式で誓った通り。
  いや、あの頃よりもっと
  今の方が好きかな///
  なんかさ、最近ほんとに、
  お前のこと大好きなんだよ。
 
 
……やめて。
 
 
夫)愛してるよ、〇〇。
  死ぬまでずっと、愛してる。
 
 
やめて、やめて、やめて。
 
 
目の前で嬉しそうに笑う夫から
逃げ出したくて、仕方なかった。
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
次の日の夜。
 
 
直)優しそうな人だね。
〇)…っ
直)〇〇のこと好きで仕方ないって
  目がそう言ってたよ。
〇)…やめ…て…?
直)素敵な人だと思う。
〇)やめて、直己…っ
 
 
折角うちに来てくれた貴女に
こんなことを言ってしまう自分。
 
 
自分で言った言葉で余計に自分を苦しめて。
いや、貴女まで苦しめて。
 
 
でももう、どうしたらいいのか
わからないんだ。
 
 
こうして二人でいても、辛くて。
折角の二人の時間が、苦しくて。
 
 
直)俺たち…、もう…
〇)いや!言わないで!!
 
 
貴女の瞳から、
綺麗な涙がポロポロとこぼれ落ちる。
 
 
直)〇〇……、
 
 
気付いたら俺の頬にも、涙が伝っていた。
 
 
……好きすぎて、辛いんだよ。
どうしたら離れられるんだろう。
 
こんなに好きで、絶対失くしたくない。
 
その想いだけが、胸の中に強く強く、あって。
 
 
未来なんてない。
貴女を思うなら離れるべきなのかもしれない。
 
 
でも…
 
 
〇)直己…っ!
直)〇〇…っ!
 
 
俺たちは今日も、愛し合ってしまう。
 
どうしようもないくらいに、
熱く、深く、激しく。
 
 
何よりも大切なんだ、この恋が。
 
 
「愛」と呼べなくてもいい。
「愛」になれなくてもいい。
 
 
この恋を、手放したくない。
 
 
 
……
 
 
 

 
 
 
 
〇)じゃあ直己、また後でね…。
直)ん…。
 
 
唇と唇を重ね合わせて、微笑み合う。
 
 
いつものやりとりの後、
非常階段の扉を開けたら
ニッコリ笑う岩ちゃんが立っていた。
 
 
岩)直己って呼ばれてるんですねぇ…。
直)……ああ。
 
 
俺たちの関係を知る、唯一の人間。
 
 
岩)いいなぁ…。
直)……え?
岩)俺にも貸してくれません?〇〇。
 
 
自分の耳を、疑った。
 
岩ちゃんが何を言ってるのか、わからなくて。
 
 
岩)一回でいいです。
  ねぇ、貸して下さいよ?w
 
 
クスクス笑ってるのが余計に不気味で。
 
 
直)冗談やめて、笑えないよ。
岩)なんで?
直)何言ってるかわかってんの?
岩)何やってるかわかってます?
直)…っ
 
 
俺を見る目が、鋭くなった。
 
 
岩)直己さんはずるいですよねぇ。
  〇〇のこと、いいなと思ってるのが
  自分だけだとでも思ってました?
直)…っ
岩)警戒されないように
  ねーさん、なんて呼んで…
  甘えながら隙を窺ってたのに。
直)…っ
岩)不倫してる上にその相手が
  所属アーティストだなんて、
  〇〇、どうなるかなぁ。
直)……脅すつもり?
岩)やだなぁ、
  そんな野蛮な話じゃないですよ。
直)…っ
岩)一回だけ貸してって…、
  “脅し”じゃなくて、”お願い”ですよ。
直)…っ
 
 
顔は笑ってるのに、目が笑ってない。
こんな顔、するんだ…岩ちゃん。
 
 
直)断るって言ったら…?
岩)ふふ、ですよねぇ?
直)〇〇は物じゃない。
  貸し借りするようなものじゃ…
岩)はいはい、もうわかりましたってw
  それじゃ。
直)…っ
 
 
岩ちゃんはニッコリ笑って姿を消した。
 
どういうつもりだ…?
 
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
 
〇)もっと、抱きしめて…、///
直)ふ、…っw
 
 
甘い甘い、ベッドの中。
 
今、私たちはNYにいる。
 
 
直)〇〇って、ほんと甘えたがりだよなぁ…
〇)……直己の前でだけだもん…///
直)……可愛いこと言うなって///
 
 
こんなに素直になれるのは、
あなたの腕の中だけなの。
 
 
〇)直己だって結構甘えんぼだよね?
直)は?俺?
〇)うん。
直)……だとしたら、〇〇の前でだけじゃない。
〇)……ふふ、照れてる、可愛い♡
直)からかうなよ///
〇)嬉しいんだもん///
直)こら、くすぐったいw
〇)ふふっ♡
 
 
なんて幸せな時間なんだろう。
 
 
〇)日本に帰りたくないよ。
直)……ん、俺も。
 
 
NYでの仕事は一週間。
今日が、最後の夜。
 
毎日毎日、抱き合って
夢みたいな時間だった。
 
幸せだった。
 
 
〇)帰ったらまた忙しくなるね。
直)うん。
〇)……はぁ。
直)なーに、寂しい?
〇)ううん、大丈夫。
直)あれー?素直じゃないなぁw
〇)……///
 
 
仕事で一緒にいられるのは嬉しいけど
そういう時間で
こんな風に甘く触れ合うことは出来ないから。
 
 
〇)私、直己とこうしてる時が一番幸せ。
直)俺もだよ。
〇)時間が止まっちゃえばいいのに。
直)止めちゃおうか、二人で。
〇)えーー?ふふふ…w
直)もしも生まれ変わったらさ、
  絶対また、俺と出会ってよ。
〇)うん。絶対。見つけるよ。
直)見つけるのは俺かなーー
〇)えーー?
直)寂しがりの〇〇のこと、
  絶対に見つけるから。
〇)……///
直)一人になんて、させないから。
〇)……私、も。
直)え…?
〇)直己のこと、一人になんてさせない。
直)…っ
〇)絶対に見つけるから、
  二人で一緒に、幸せになろうね。
直)うん、約束。
 
 
交わした指切りは、とても切ない。
 
でもそんな切なさは見て見ぬフリをして
私たちはまた、愛し合うの。
 
 
そうして誤魔化していれば
少しでも長く、
あなたといられる気がするから。
 
 
……そう、思っていたのに…。
 
 
現実はそう、甘くはなかった。
 
 
帰国後、
HIROさんにすぐに呼び出された私たちは
目の前に広げられた写真を見て、固まった。
 
 
H)二人がそういう関係だっていうのは
  本当…?
直)誰が…こんな…
H)本当なのか?
直)……はい。
 
 
認めた直己に、
HIROさんは深いため息を吐いた。
 
でも、認めざるを得ない。
 
こんな写真、誰が撮ったの?
 
 
H)直己、自分の立場わかってる?
直)…っ
H)〇〇さん、直己の立場わかってる?
〇)…っ
 
 
私には「自分の立場」じゃなくて
「直己の立場」と言われた。
 
それくらい、私たちの立場は重みが違う。
 
 
H)〇〇さんは自宅謹慎。
〇)…っ
H)連絡があるまで、休みを取って下さい。
直)待って下さい!彼女は…っ
H)直己!
直)…っ
 
 
写真は、非常階段で密会していた
私たちの写真が複数枚。
 
これは、事務所の人間じゃないと
撮れないアングル。
週刊誌とかじゃない。
 
だから大ごとにはならないけど
私の自宅謹慎は、変わらなかった。
 
 
夫)お前、最近随分仕事早いんだな。
〇)ええ…。
夫)帰って来てお前がいると
  なんだかほっとするよw
〇)……
 
 
何も知らない夫は
嬉しそうに私を抱き寄せる。
 
 
〇)ごめんなさい、今日は…
夫)ああ、そうか、ごめん…。
 
 
とてもじゃないけど
夫に抱かれる気にはなれなかった。
 
どんなに無理をしても、
そんな気にはなれなかった。
 
 
直己。
 
直己。
 
 
ごめんなさい。
 
あなたは今、どうしてる?
 
 
会いたい。
 
会いたい。
 
 
こんなことになってしまったのに
まだ会いたいと思ってしまう私は
なんて欲深いんだろう。
 
 
でも、会いたいの。
 
あなたが恋しくて、仕方ない。
 
 
ピロリロリロ♪ピロリロリロ♪
 
 
待ちに待った着信音が鳴ったのは
謹慎になってから10日目の夜だった。
 
でも相手は直己じゃなくて、岩ちゃん。
 
 
岩『もしもし?大丈夫?』
〇『…っ』
岩『心配で電話しちゃった。ごめんね?』
〇『ううん、ありがとう。』
岩『直己さんさ、もう見てらんないんだよ…』
〇『え?』
 
 
その言葉に、胸がズキンと苦しくなった。
 
 
岩『こんなことバレたらヤバイけど
  俺しかできないことだから…』
〇『え…?』
岩『△△ホテルの、1110号室。
  部屋取ったから、使いなよ。』
〇『…っ』
岩『直己さん、呼んであげて?』
〇『岩…ちゃん…っ』
 
 
直己に会える。
 
そう思ったら、嬉しくて仕方なかった。
 
 
会いたくて、会いたくて、
もう限界だったから。
 
冷静さなんて持ち合わせていなかった。
 
 
私は電話を切って、荷物を詰めて、
すぐに家を飛び出した。
 
 
岩ちゃん、ありがとう。
ありがとう、ありがとう。
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
「△△ホテルの1110号室に来て!
 お願い!会いたい!」
 
 
〇〇からかかってきた電話に、
俺は現場を飛び出した。
 
 
ずっとずっと、我慢してた。
 
貴女の顔が見たくて。
貴女の声が聞きたくて。
 
 
会いたくて、会いたくて、
もう限界だったから。
 
冷静さなんて持ち合わせていなかった。
 
 
____ダンダンダン!
 
 
1110号室のドアを叩けば
涙で顔を濡らした〇〇が
中から飛び出して来た。
 
 
____バタン!
 
 
扉が閉まると同時に、
きつくきつく、抱きしめ合って。
 
 
直)泣くなよ…っ
〇)泣いて…ないよ…っ
 
 
寂しがりなのに…
一人にしてごめんな?
 
 
直)会いたかった…っ
〇)…っ
直)会いたくて、おかしくなりそうだった!
〇)私も…!直己…っ!
 
 
会えなかった時間を埋めるように…
 
寂しさも苦しさも分かち合うように…
 
 
俺たちは夢中で、身体を重ねた。
 
 
直)〇〇…!〇〇…!
〇)直己…!直己…っ!
 
 
俺たちが呼ぶ互いの名は、愛の言葉。
 
もしも本当に、時間を止められるなら…
この瞬間に、止まれば良かった。
 
 
そしたら地獄なんて、知らずにいられたのに。
 
 
 
「〇〇……!!」
 
 
貴女の名前を呼んだのは、俺じゃない。
 
 
 
「いやぁぁぁ!!直己!!直己ぃ…っ!!」
 
 
泣き叫ぶ貴女を引きずるように出て行ったのは
以前見た時とは別人のような…
鬼の顔をした、その人だった。
 
 
「許さない!絶対お前を許さないからな!!
 〇〇は俺の女だ!俺の妻だ!!
 許さない!!一生許さない!!」
 
 
直)〇〇…!〇〇…!!〇〇……!!!
 
 
何度呼んでも、届かない。
 
 
直)離せ!!!離せ!!!!!
 
 
俺の腕は、全力で押さえつけられていて。
 
 
直)離せ!岩ちゃん!!!!
 
 
今行かないと、間に合わない。
手遅れになる。
 
そんな気がしたんだ。
 
 
刺し違えてもいい。
俺は…っ
 
 
岩)怖かったですねぇ、旦那さん…w
直)…っ
 
 
ようやく腕を振りほどいて
後ろを振り向くと、
岩ちゃんはニヤニヤと笑っていて。
 
 
岩)目が覚めました?
直)…っ
岩)二人は純愛ごっこのつもりでも
  そんな綺麗な話じゃないんですよ。
直)…っ
岩)〇〇もほんと可愛いよなぁ、
  俺のこと信じちゃってさ。
直)……は?
岩)優しい相談相手だとでも
  思ってるんじゃないかな…w
直)…っ
岩)もうわかってると思いますけど、
  写真撮ったのも俺ですよ?
直)…っ
岩)あの時直己さんが、一度だけでも
  首を縦に振ってくれてたら…
  こんなこと、
  するつもりなかったんですけど…w
 
 
何を言ってるんだ。
 
腹いせに全部バラしたのか?
〇〇をあんなに泣かせて、傷つけて?
 
 
直)……許せない…。
岩)許されないことをしてた人に
  言われたくないなぁw
直)…っ
 
 
岩ちゃんを押しのけて、部屋を飛び出して。
 
追いかけた先に、もう二人の姿はなかった。
 
 
電話が繋がるわけもない。
彼女の家だって知らない。
 
 
どうしたらいいんだ。
一体、どうしたら…
 
 
直)ああああああああ!!!!!
 
 
俺は一人、声をあげて叫ぶしかなかった。
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
もうどれくらい、こうしてるだろう。
 
 
夫)〇〇、愛してるよ。
  何かの間違いだろう?
 
 
仕事に行くのをやめてしまった夫と
家の中、二人きり。
 
 
夫)お前が愛してるのは俺だろう?
  なぁ、そうだろう?
 
 
あんな場面を目の当たりにして
まだそんなことを言えるの…?
 
 
夫)一生の愛を、誓い合ったじゃないか。
  覚えてるだろう?結婚式。
 
 
いつの話をしてるの?
 
 
夫)お前が俺を愛してるとさえ言えば
  全て忘れるよ。
  ここからも出してやる。
  な?
 
 
軟禁状態で、何日経ったのか
日付の感覚すら、もうない。
 
 
携帯も取り上げられてるから
直己がどうしてるかもわからない。
 
電話がかかってきてるかもしれない。
きっと私を心配してる。
 
 
会いたい。
 
会いたい。
 
 
夫)なぁ…何を考えてる?
 
 
直己のことよ。
私の頭の中には、直己しかいないの。
 
 
夫)頼むよ、〇〇…。
 
 
うんともすんとも言わない
人形のような私に
夫は諦めずに、語りかけ続ける。
 
 
お願い。
もう私を解放して。
 
直己のところへ行かせて。
 
 
きっと、寂しがってる。
私に会いたくて、泣いてるかもしれない。
 
 
そんな彼を、今すぐ抱きしめたい。
 
 
拒絶の意志を現すために
飲まず食わずを続けていると
見かねた夫が、ようやく諦めたように
力なく、笑った。
 
 
夫)わかったよ、〇〇…。
  もうお前を自由にしてやるから。
 
 
……ほんと…?
 
 
ああ、もう、声が出ない。
 
 
夫)どんなに待っても、もうダメなんだな…。
 
 
ごめんなさい。
 
ごめんなさい。
 
 
夫)お前の心の中にいるのは
  どうやったって、彼なんだ。
 
 
やっとわかってもらえた。
 
ねぇ、別れてくれるの?
 
私、直己と一緒になってもいいの?
 
 
夫)悪あがきして、ごめんな。
 
 
憔悴し切った夫の姿。
 
ごめんね。
 
謝らなければならないのは、私の方。
 
 
夫)最後に、二人でドライブしないか?
〇)……(こくん)
 
 
筋肉も落ちていて、
歩くのがやっとだったけれど
 
助手席に乗り込んで、目を閉じた。
 
 
最後だもんね。
好きなところを走ればいいわ。
 
これで私は自由になれる。
 
 
やっと…
 
やっと…
 
 
夫)この道、覚えてるか?
〇)……
夫)二人で初めて、ドライブに来た…
〇)……
夫)楽しかったよなぁ、あの頃。
〇)……
 
 
ゆっくり目を開けると
もう覚えてもいない、荒い道が続いていた。
 
 
夫)この先の景色が、すごく綺麗でさ…。
〇)……
夫)お前にどうしても、見せたくて。
〇)……
 
 
車がどんどんスピードを上げて、
砂埃が舞う。
 
 
夫)二人でまた、新しい景色を見よう…?
 
 
……待って。
 
このまま行ったら…
 
 
夫)愛してるよ、〇〇。
 
 
……!!!
 
 
夫)言ったろ?
  死ぬまでずっと、愛してるって。
 
 
声が、出ない。
 
 
夫)死んでもずっと、愛してるよ。
 
 
最期に見えたのは、
目を細めて微笑む、夫の顔だった。
 
 
 
……身体が、宙を舞う。
 
 
 
「殺すかな。」
 
 
ああ、あれは…
直己じゃなくて、私のことだった。
 
 
 
目を閉じて、思い出す。
 
 
最期にこの目に映すのは、
あなたの笑顔が良かったよ、直己…。
 
 
ごめんね…
 
ごめんね、直己…。
 
 
 
あなたを遺していなくなってしまう私を
どうか許してね…。
 
 
 
「直己のこと、一人になんてさせない。」
 
 
約束を守れなくて、ごめんね…。
 
 
 
もしも…
もしも生まれ変われるなら
 
来世こそはあなたと、一緒になりたい。
 
 
 
「私、直己とこうしてる時が一番幸せ。」
 
「俺もだよ。」
 
 
 
今度こそ、二人で幸せになろうね、
 
直己……。
 
 
 
一度も言葉に出来なかったけど、
心からあなたを、愛してました。
 
 
ずっとずっと、愛してます。
 
 
 
 
 
………
 
 
 
 
 
 
……
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
 
H)ご夫婦ともに、即死だったそうだ。
 
 
………音が、聞こえない。
 
 
臣)は…?なんの…冗談……
健)嘘…やろ…?
岩)そん…な……っ
 
 
………何も、聞こえない。
 
 
E)何かの…間違い…じゃ……
N)なんで!…なんでだよっ!!
隆)信じられない…!!
 
 
………こんな耳は、もう要らない。
 
 
H)崖から落ちて、車は炎上。
  車には…ブレーキをかけた形跡も
  なかったそうだ。
健)は…?それって……
直)………うああああああああああ!!!
 
 
………目が、見えない。
何も、見えない。
 
 
こんな目は、もう要らない。
 
 
貴女の声が聴けないこの耳も
貴女の姿を映せないこの目も
 
一体、なんの意味がある?
 
 
貴女のぬくもりを
もう二度と感じられないこんな身体、
 
一体なんの価値がある?
 
 
直)うあああああああああ!!!
臣)直己さん!!!
N)落ち着け!!!
 
 
ガシャーン!!ガシャーーン!!!!
 
 
健)押さえろ!!みんなで押さえろ!!
E)直己さん!!!!
N)しっかりしろ!!!!
直)うあああああああああ!!!
 
 
ガシャーン!!ガシャーーン!!!!
 
 
健)血ぃ出てる!!!
臣)やめろ直己さん!!!
直)うああああ!!!あああああッッ!!!
N)やめろ!!誰か救急車!!!
隆)救急車呼んで!!!!
 
 
ガシャーン!!ガシャーーン!!!!
 
 
N)離せ!!握るな!!!!
直)うあああああああああ!!!
E)目が潰れる!!直己さん!!!
臣)押さえろ!!離せ!!!!
 
 
 
 
……
 
 
 
 

 
 
 
 
 
こんなことになるなら
 
「愛してる」と一度でも、
言葉にすれば良かった。
 
 
 
最後まで、言葉に出来なかった。
 
最後まで、「愛」には出来なかった「恋」。
 
 
 
愛してた。
 
愛してたんだよ、〇〇。
 
 
 
こんなに苦しい恋を、俺は知らない。
こんなに幸せな恋を、俺は知らない。
 
 
 
貴女の優しい声が、好きだった。
 
貴女の奥ゆかしい笑顔が、好きだった。
 
 
貴女を彩るその全てに、恋していた。
 
 
 
どこで何を間違えて、
こんな未来に辿り着いたんだろう。
 
 
悔やんでも、時間は戻らない。
 
 
 
 
 
〇〇…。
 
 
 
 
〇〇…。
 
 
 
 
 
 
 
 
直)無理言って、すみません。
女)気を付けて行ってきてね?
男)危ない道だからな?
直)……はい、行って来ます。
 
 
 
ガタガタと荒い道。
 
スピードを上げる車。
 
 
 
「私、直己とこうしてる時が一番幸せ。」
 
「俺もだよ。」
 
「時間が止まっちゃえばいいのに。」
 
「止めちゃおうか、二人で。」
 
「えーー?ふふふ…w」
 
「もしも生まれ変わったらさ、
 絶対また、俺と出会ってよ。」
 
「うん。絶対。見つけるよ。」
 
「見つけるのは俺かなーー」
 
「えーー?」
 
「寂しがりの〇〇のこと、
 絶対に見つけるから。」
 
 
 
そう。
 
もしも…
もしも生まれ変われるなら
俺は絶対、貴女を見つけるよ。
 
 
 
「一人になんて、させないから。」
 
 
約束したのに、ごめんな。
 
大丈夫だよ、すぐに行くから待ってて。
 
 
 
 
……身体が、宙を舞う。
 
 
砂埃の向こうに見える、炎。
 
 
 
 
寂しがりの貴女を、早く抱きしめたい。
 
 
 
 
必ず、迎えに行くから。
 
だから。
 
 
 
今度こそ、二人で幸せになろう、〇〇。
 
 
 
 
______約束だよ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
〇)直己ーーーーっ!!!
夫)うおぉっ!びっくりした!!
 
 
自分の寝言で目が覚めるなんて、びっくり。
 
隣には同じくびっくり顔の夫。
 
 
夫)なんて言ったの?
〇)直己!!!
夫)へ?直己くんが夢に出て来たの?
〇)出て来た!しかもすごかった!
  聞きたい?
夫)うん。
〇)私がね、直己くんと不倫してて!
夫)ぶっw
〇)どろどろの愛憎劇の果てに、
  直己くんが私を追って命を断つの!!
夫)はぁ?!ww
 
 
ゲラゲラ笑ってる夫。
 
んもぅ!
結構、衝撃的な内容だったのに!
 
 
〇)ドラマみたいだったんだから!
夫)はいはいw
 
 
夫は呆れたようにベッドを降りて
着替え始めた。
 
 
夫)あれじゃないのー?ほら。
  お前が昨夜見てた、
  恋だか愛だかっていう
  ミュージックビデオ。
〇)『恋と愛』!
夫)ああ、それそれw
  それで直己くんが死ななかったっけ?
〇)死んだ!
夫)あれでそんな夢見たんじゃないの?
〇)そうか……、なるほど!
 
 
あのインパクトが強すぎたのかな。
自分でもびっくり。
 
 
夫)お前、今日は夕飯一緒に食えるのか?
〇)ううん、今日も朝まで仕事だわ。
夫)またか〜〜〜
  ほんと忙しい会社だな。
〇)芸能事務所なんてどこも同じよ。
夫)身体壊すなよー?
〇)ありがとう。
夫)じゃあ、行って来ます。
〇)行ってらっしゃい♪
 
 
玄関先、笑顔で夫を見送った。
 
 
さて、私も出社の準備、しなくっちゃ。
 
 
今日は夕方には仕事が終わるから
スーパーでお買い物して帰ろう。
 
 
だってもう、チラシでチェック済みなの。
 
 
今日は特売日。
 
 
 
鱈と大根が、お買い得なの。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ーendー

コメントを残す

  1. あやらん より:

    旦那には朝まで仕事って言ってるのに本当は夕方には仕事が終わる……これは……┣¨キ(*゚ ゚*)┣¨キ

  2. さゆがん より:

    うわわーー見事にだまされました。゚(゚´ω`゚)゚。
    リアルすぎだしマイコさんの作品に
    直己さん出てくるのも新しいし
    なんかすごかったです♬

スポンサーリンク
スポンサーリンク